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Wed.

卑屈さは伝染する

卑屈さは伝染しやすいものだ、と最近つくづく思います。
人から人へ、どんどん移って拡がっていく。ギリギリのところで耐えて、前に向き直るきっかけを探しつづけている人を、いとも簡単に絡め取ってしまう。
そうして、そのことを思うと、僕は今さらながら判断に迷ってしまう。
今のような自分自身の境遇をHP上でさらけ出すということが、果たして正しいのかどうか。

弱音は吐き出せばきりもなくて、積み重ねればいつしか卑屈さに変わって発酵していくものらしい。
それは、いってみればその人間の放つ腐臭のようなもので、人を遠ざけるばかりか、本人の内部で悪循環をも生んでいく。
悪くすればそのまま、埒もあかないバカな愚痴を、えんえん吐き出すだけの人間になってしまいかねない。


卑屈な愚痴しか言葉にならないようなコンディションなら、その人は沈黙しているべきだ、というのが僕の基本的な考え方です。
その考えに従えば、僕はかつてやっていたように自分の境遇をひた隠しにしていた方がよかったのかもしれない。
浮世離れしたスタンスで、歌や詩だけを公開して。
だけどその一方で、僕がずっと心惹かれてきた複数のサイトの存在がある。
包み隠さず本音を語って、弱音や愚痴も交錯する中でなお、きらりと光るものをのぞかせているサイト。ああこの人は腐ってない、僕も頑張らなきゃな、と心から思わせてくれるような。
だからこのサイトも、来訪する誰かにとってそういう存在になれればいい。
僕はそう思って、HP上で自分のことを隠蔽するのは基本的にやめにしたわけだけど。

それからおよそ2ヶ月。
ここしばらくの不調もあって、僕のHP日記帳はやや愚痴にも似た、お世辞にも前向きとはいえない記述が並んでいる傾向にあるような。(笑)
果たして、どんなもんか。
腐った人間は、決して自分が腐っていることに気づかないだろうと僕は思う。
ひょっとしたら、僕が心を動かされたサイトのオーナーたちも、内心はそういう疑問や葛藤を抱えながら、それでもハラワタをつかみ出しては投げつけるようにして自分自身をさらしつづけてるのかもしれないし、そのへんは本当にわからない。


毅然としているつもりでも、いつの間にかどこかが変わっていくことって、僕はあると思うんですよ。恐ろしいことだけど。
ああこの人きょうは疲れているんだな、と思って理解したはずの相手が、いつしか「いつでも疲れてる」人に変わっていくことへの不安。
そうして、僕自身についても、僕は同じ不安を感じてる。
不調や無気力という言葉を、いつの間にか言い慣れてきてはいないか。死に至る病ではないとはいえ、病気を抱えてるという事実を、無理にアナウンスしようとしてはいないか。
疑わしい材料なら、常にいくらでもあって、それに反発する材料もまた山のようにあって。もちろん絶対に、結論は出ない。

結局は、このサイトを見て、いろいろ書いてくれる人たちを通して自分自身を把握していくしかない。
なぜWeb上での話に限るかといえば、実生活での人間関係が希薄なのも1つだけど(笑)、それと同時に、実生活の中では僕は自分の病的な面を決して表に出さないから。
ある意味このサイトだけが、僕の欠陥と、それと表裏の関係にある美点?とを外界に露呈する窓になっている。


乱暴にいえば、愚痴も弱音も構わないと僕は思います。ただ、卑屈さにだけは耐えられない。
卑屈という要素だけは受け入れてしまいたくない。
卑屈さというのは結局、醜さだから。
たとえば僕に人並み以上の賢さがあったと仮定して、その知性が意味を持つかどうかは、それが人間的な魅力につながっているか否かで決まるものだと僕は考えてる。

卑屈さは、魅力につながるはずの美点を全部、鼻につく欠陥に変えてしまう。
そうして、人を遠ざける。優れた人ほど、腐臭を敏感にかぎつけるものだ。
無感覚に残りつづけるのは、卑屈さに免疫のある卑屈漢仲間だけ、なんてことにもなりかねない。……いまの常連には、それらしき人は1人もいないけど。念のため。
だけどそうなったら、このサイトも僕自身も、まさに運の尽きってやつだろう。


気になるのは、「自分をさらけ出す」という美名の下にある限界線。
くどいようだけど、卑屈さだけはごめんだ。自分に対しても他人に対しても、それだけはいえる。
卑屈になるくらいなら、秘密主義に後戻りした方が100倍いい。弱みを口外しないことで、卑屈さのもたらす悪循環だけでも防ぐことができるから。

本当に卑屈な状態に陥ったときには、「自分をさらけ出す」ことのカタルシスに溺れてはいけない。
僕がことあるごとに美意識、美意識とバカの一つ覚えのように連呼してしまうのも、そんな思いがあるからだ。
僕は卑屈になってはいないか。
ことさらに腐臭をバラ撒いてはいないか。
たえず自問自答を繰り返しながら、自分っていう人間にだんだんと目鼻をつけていかなければならない。

当座のことに限っていうなら、治療の成果を待ちながらも、受け身な生活に甘んじてはいけない。ってことになると思うんだけど。
ここしばらく、そのへんのバランスをとるのに苦しんでいる。
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