--.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Thu.

耄碌した神様

1ヶ月くらい前に、何かを考えるときに視線が右を向く人は理論的思考が優先していて、左を向く人は直感的思考が優先している、という話を聞き込んだ。
僕は当然・・・と考えてみた瞬間、自分が左を向いてるのに気づいてびっくり。
この理屈っぽい僕が直感的思考人間??
でも、いわれてみればそうなのかもしれない。
僕はものを考えるとき、真っ先に結論が浮かんで、それからその結論に至ったルートを探してるようなフシもあるから。
まあ、どっちかといえばうれしい判定ではありました。

そして昨日のサッカー(今日のことほとんど書いてないな)。
マグレで勝ったけど、ジーコはハラキリして詫びるべきだね。
今日さっそくブラジルに帰ったとかいうけど、あれは悪名高い加茂周以来のバカ監督だな。
前日まで発熱していた柳沢と山田をスタメンで使ったこと、山田に至っては交替要員をベンチ入りさえさせていなかったこと、柳沢の出来がよくなかったこと、交替して出場した鈴木の出来がよかったこと、山田が終盤スタミナ切れを起こしたこと。
これはすべて、ジーコ個人の直接の責任。

さらにチーム構成についていえば、センターバック2人の身長がともに180センチを割っているということが、後々大きく響くときが来るだろうと僕は予感している。
宮本はたしかにいいディフェンダーだけど、3バックのセンターでこそ安心して見られる選手だ。
選手の特性を見て戦術を考えるというなら、宮本を使う以上は3バックで行くべきなのに、ジーコは自分自身の持論をものの見事に裏切っている。
また4バックなら4バックで、コンビを組む相手としてなぜ坪井以外を考えようとしないのか。

ほかに人材がいないのならともかく、僕にいわせれば1人、確実に世界で戦うに値するディフェンダーが育っている。
横浜マリノスの中澤。
彼はしっかり代表メンバーにも選出されているというのに、バカジーコは一向に使わない。
サッカー協会もサッカー協会だとつくづく思う。
初戦の奇跡的な幸運に甘えて、このまま耄碌した神様と心中する気なのか?
いいかげんに目を醒ましてもらいたい。
スポンサーサイト
00:00 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

さらばジーコ

なんか延々とHPサーバーの具合が悪いままみたいだけど、大丈夫かな。
今日は音楽の日。地味な努力ばっかりだったけど。
あとW氏3点セットとサッカー観戦。
試合は、ユース代表のイラン戦。
平山は実によかった。2トップを組んだ田中達也も成長していた。
でも、よかったのはその2人とキーパーくらいで、ほかは不満ばかりが目についた。

試合は1-1で引き分けたものの、中盤~ディフェンスラインのドタバタぶりといったら。
鳴り物入りで宣伝されてたトゥーリオも、およそディフェンスリーダーとしては無能だということが判明した。
声がデカいだけじゃリーダーにはなれない。
山本監督も、早いとこほかの才能を発掘しないと。さもなきゃオーバーエイジ枠に頼るか。
まあ、単なるセンターバックとしてならそれなりに将来有望なんだと思うけど。
今日は思慮の浅さばかりが目立って目障りで、鹿島に来なくてよかったと思った。
あと、田中琢磨は確実に次の選考で落選するでしょう。もう要らない。

それから、あの代表のメンバーの適性がポジション的に偏ってるのはわかるけど、山本監督の選手起用は僕には理解できない。
たとえば、僕だったらツートップは平山・坂田にして、トップ下に田中達也。
山瀬はさほど評価していないので、ウィングハーフの候補として練習させて適性を見る。
前田についても器用貧乏という印象があるし、、そういう使い方も不可能じゃないと思う。
ダブルボランチは、レッズの濃い顔のヤツ(←母に訊いて思い出した。鈴木啓太だった)はいいとして、もう1人は誰かほかを考えないと。
トゥーリオは、有無を言わせずディフェンスの右か左に撤去。中央は任せられない。
と、だいたいそんな方針で、チームの方向性を決めていきたい。

それからフル代表。まずジーコは撤去。
彼の悪口を聞きたくない人もいるだろうし、僕自身も鹿島ファンだからかなり葛藤があったけど、もう決定的に愛想が尽きた。
彼はさんざん、「選手の個性に応じてチーム戦術を考える、それが不動の哲学だ」という趣旨のことをいい続けてきた。
そして管理主義・3バックのトルシエを暗に非難しつつ、「日本人には4バックが合う」と。
ところが今、日本代表では、明らかに3バックのときの方が動きがいい(これは選手たちもジーコ自身も認めている)にも関わらず、4バックを既定路線として固守するという奇怪な現象が起きてきている。

この点について記者たちに問われても、ジーコは「悩んだが、明日(昨日のマレーシア戦のことだ)は4バックで行くことに決めた」などと方針にもならない方針を漠然と述べるだけで、チームとしての方向性をいっさい打ち出せていない。
こういう人間に、一国の代表を任せることは到底できないし、何より金の無駄だ。
一体あの無駄メシ喰らいは、あのバカさ加減で何億の年俸を受け取っているのか。
彼の続投は、ドイツW杯に向けた限られた時間の無駄使いだ。
日本サッカー協会は彼を即刻クビにするべきだし、たとえそれで今後ジーコとの交流が途絶えることになったとしてもやむをえないと割り切るべきだろう。

今日のユース代表はまだともかく、昨日は本当に(観戦途中に眠り込んだりしつつも)腹に据えかねた。
ジーコの日本での仕事はもう終わった。
00:00 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Wed.

「北斗の人」に読む現代

きのう急激に読み進んだ司馬遼太郎“北斗の人”を昼過ぎに読み終えた。
じゅうぶん面白かったけど、幕末ものほどのインパクトはなかった。
それがどういうことなのか考えてみるに、主人公の千葉周作の魅力が乏しいわけでは決してない。
理由はむしろ、太平の世が続いていた江戸時代後期という時代背景だろう。
周作は剣客として「自分で自分の人生をコントロール」しようとして、それを少しずつ実現していくわけだけど、その間、外界から投げかけられる刺激が明治維新期に比べてあまりにも乏しすぎるのだ。

たとえば周作が上州に行けば、その地の剣豪たちと剣技を争う。
という具合で、おのずと展開も読めてきてしまう。
人間一人の人生観をさえ揺さぶるような、そして人生そのものをさえ根底から変えてしまうような、天変地異的な変化とは無縁だから。
その点が、乱世だった明治維新期とは根本的に違う。
いいたくないことだけど、時代が面白くない。
煮え詰まった中で、野心を持った周作一人だけが動いている。
その状況が、決定的にもの足りない。

僕自身も、幸か不幸か停滞を極めるバブル崩壊後を生きているわけだけど。
やっぱり。つまらないんだろうなあと思う。
世間というものはすっかり出来上がって、あらかじめ器として目の前にある。
社会としてのシステムはほぼ完璧に(この状況が続く限りは)機能して、そこには微塵の隙間もない。
息が詰まるほど窮屈に完成された「社会」があって、それにこちらから影響を投げかけていくことが難しい。
社会は確固たる「環境」としてあらかじめ存在していて、僕は「その中で」居場所を探っていくことしか許されていない。

千葉周作は、もちろん不幸ではなかった。
奇跡的なまでの剣技をもって当時の剣壇を支配して、史上空前の大流「北辰一刀流」の開祖にまでなったわけだから。
その人生は小説としてはつまらなくても、それはそれで満足なものだっただろうと思う。
でも果たして、僕はどうかな。
人間の才能っていうのはわからないもので、僕は決して自分を低くは評価していないし、潜在的な才能にもまだまだ期待している。
でも、この停滞した社会の中で、生きているうちに一体何ができるんだろう。と。
それを思うと、ちょっと呆然としてしまう部分もないではなかった。
00:00 | 書籍批評 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。