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Wed.

アメリカ人捕虜惨殺と菅直人叩きについて

イラクでのアメリカ人の処刑映像、ショッキングといえばショッキングだった。
処刑のシーンは僕は見ていないけど、たぶんネット上を探せばあるんだろうな・・・。
とにかく、犠牲になった当人のことを思えば胸が痛む。
でもそれはそれとして、あの映像を見て義憤に駆られてるらしい圧倒的多数のアメリカ人たちは、まったく噴飯ものだとも思う。

アメリカ政府の報道官なんか、もっともらしく「自由の敵たちが本性を現した」なんて言い放ってる始末。
笑っちゃ悪いけど笑ってしまう。
イラク人に対するファルージャなんかでの度重なる掃討作戦で、いったいアメリカは何千人の民間人を殺してきたか。
しかもその上に、この間発覚したイラク人捕虜への日常的な虐待が重なり。
あのアメリカ人捕虜の首を切ったイラク人テロリストだって、たとえば親や兄弟や子供が死んだり、死につつあったり、不具にされてベッドでのたうってたりするのかもしれない。
それを思って、強いて目の前にいるアメリカ人捕虜を人間と思わず、ただ冷たい怒りをぶつける対象として割り切ったのかもしれない。
首を切るときには、手が震えてどうにもならなかったかもしれない。
頭の中は真っ白だったかもしれない。

映像で確認できるのなんて、しょせんは表象に過ぎない。
それも上っ面の上っ面の、ほんの表皮の部分だけに過ぎない。
ああいう残虐行為の裏にあるものを見もしないで、「性的に辱めて写真を撮っただけなのに惨殺するなんて!」というアメリカ国民多数の発想はあまりにも下らない。
だいたい、「性的に辱めて写真を撮る」ことの重大さが、国民性や民族性によって「死よりも重い」~「万引き同然」くらいに異なる、というごく当たりまえの事実さえ、彼ら平均的アメリカ人たちにとっては難解なように思える。
イスラム教社会は、性に開放的な社会ではない。
当然、アメリカ兵の暴行によるショックも大きかったと思わなければならない。
その程度のことさえ理解できない国家・政府・国民をもって、世界の警察を気取っているのが今のアメリカの本質だろう。
どうにもアメリカの世論というのは、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるから困る。


そして世論がバカバカしくて見てられないといえば、民主党の菅さん叩き。
あれもまったく、バカじゃないかと思う。
理性的な反論ができるものなら聞かせてほしい。
まあ無理だろうけど。

菅直人は、たしかに「未納3兄弟」をキャッチフレーズに、閣僚の年金未納問題を追及してやまなかった。
その当人が年金未納というのは、まったく絵にならない。実に実に、カッコ悪かったと思う。
でも。だけど。
年金未納を追及した菅さんの言動は間違いか?
舌鋒鋭く「閣僚のうち実に3人が年金未納だったんだな」と国民の意識に刷り込んだ手腕は見事ではなかったか?
いったい数百人の国会議員のうち、何人が国民の期待に応えうるだけの頭脳と論争能力とを兼ね備えていると思ってる?
それに加えて、菅さんは安普請ながらも「民主党」という大風呂敷を広げて、この前の衆院選では政権交代まであと1歩のところまで迫ってみせた。
野党第一党の党首として、その存在は自民党の緩み切った安定政権に活を入れる上でも貴重なものではなかったか。

その菅さんに対して、マスコミやそれに踊らされた愚民たちの追及ぶりは、あまりにも人格否定じみてはいなかったか。
何かのニュースで、みのもんたが居丈高に「あなたは説明すると言うけど、あなたの説明なんか聞きたくないんだ!」なんて息巻いていたけど。
あんな低俗タレントをのさばらせておく支持者たちは、間違っても政治なんかわからない人たちだろうと本気で思う。
そしてそういう世論の下劣さはもとより、仮にもマスコミの立場に立っているはずのタレント当人の人格にも重大な疑問を感じるね。
どうしてあそこまで世論におもねって恥じないのか。
美意識の欠落と無神経はタレントとしての彼の武器だろうけど、愚かしいことに彼という人間の本質でもあるようだ。


そして悪口ついでに言わせてもらえば、今回の問題で救いがたい愚かさを露呈したのが民主党の何割かの若手議員たち。
「菅直人は辞任すべきだ」と、カメラに向かって得々と語っていた連中だ。
あの連中には、大局から見たこの問題の重大さがまったく理解できていないらしい。
菅直人が倒れれば、もう代わりに立てて仰げるだけの人材が民主党には1人もいない、という客観的事実がわかっていない。
まず小沢を立てれば、実質的に党は割れる。しかも選挙では決して勝てない。
これは保証してもいい。
岡田さんはまずまず有能といってよさそうだけど、まだまだ小泉政権の好感度を向こうにまわして戦っていくだけの力はない。
ましてや鳩山や、この状況下で嬉々として菅叩きに回った「若手議員」たちに至っては、まったく浮き草程度の存在でしかない。

それなりに顔の売れた人間はいても、小泉さんと渡り合えるだけのトータルな能力を備えていたのは菅さんだけだった。
だから彼を辞任させるならさせるで、その前後は「誰に」「どう」繋いで、「世論にどう訴えかけていくのか」、を結束して突き詰めなければならなかった。
カメラに向かって目先の好感度なんか追っていられるほど、あのバカ手議員(失礼)たちの立場は安泰ではなかったはずだ。
いったい今後の政局がどうなっていくと思ってるんだろうか?
僕は民主党を応援してきた人間だけど、ああいうレベルの低いエセ政治家が民主党の顔になるようなら考えなければならない。
政治的な感覚が欠落していると分かっている人間たちに、わざわざ票を投ずるバカもない。
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00:00 | 時事・社会 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

母、還暦

母の誕生日が来る。
正確にいえば今日じゃなくて、・・・明日、だったかな?(汗
年齢をはっきり認識しないまま「おめでとう」と言ったら、「そんなにめでたくもないんだけどね」とやや疲れの見える顔で言われてしまった。
「60歳だよ・・・信じられないようだよ」と。
僕は一瞬、過ごしてきた日々の長さと重さとに言葉を失って、でもすぐに「いいじゃん。おめでとうはおめでとうで」というような、自分でもよく意味のわからないことを言った。
母もそのへんの機微は僕に言われるまでもなくよくわかっている人だから、それ以上は特に何ということもなかった。

僕は十代の後半から22,3歳ごろまで、誕生日というものが苦痛で苦痛で仕方なかった。
ずっと持病に悩まされて、毎日いつ治るかいつ治るかと思いながら「前向き」を維持しつづける、地獄のような日々の一里塚。
という、まあおよそそんな意味でしか誕生日というものを捉えることができないでいた。
ただ、そういう思いはここ数年で断ち切ったつもりでいるので。
めでたくない、なんていうのはたわ言だ、と思うようになって、そのときそのときの現状を素直に受け入れられるように変わろうとして。
そんな話を母に対してもしてしまうところが僕のどうしようもないところだけど。(汗
それでもなんとなく、互いに共通理解みたいなものを確認しあうことはできたような気がした。

もちろん、若くて持病に苦しんだ僕の苦痛と、自立できない子供や愚かな夫を抱えたまま老境を迎えようとしている母の苦痛とでは種類が違う。
だけど、前へ前へと生きていかなきゃならないのなら、その過程を肯定していかなければ、という思いにだけは変わりはないはずだから。
00:00 | 人生観 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

鬼束ちひろのライブDVD

昨日は治療に行って、そのついでにツタヤで鬼束ちひろの2002武道館ライブのDVDを借りてきました。
ずっと音楽DVDはレンタル禁止で来てたのが、「一部解禁!」なんて出てたのでつい。

きょう通して見たけど、やっぱりボーカルが素晴らしい。
彼女のすべてがいいとは僕は思っていないけど、最近増えてる「声がデカいだけ」の似非スーパーボーカリストたちとはやっぱり一線を画してる。
軸にちゃんと心があって、感情表現としての歌声があって。
僕が最も尊敬するコッコなんかだってもちろんその点は同じだけど、鬼束さんのボーカルとして優れているところは、テクニカルな「技」の部分も完璧っていう点だろうな。
それも、テクニックはテクニック、じゃなくて、テクニックがあくまでも感情表現のために成立してるっていう素晴らしさ。
これだけのものを持っているボーカルというのは、歌のうまい人が増えてる今のJポップの中にもなかなかいない。

はっきりいって、普通のCDで聴くのよりよっぽどよかったです。
曲自体はともかく、ことボーカルに関しては。
圧倒的なまでの音色の幅とか、心の襞をなぞるような繊細な表現は、CDの緻密な録音の中からは感じられていなかった部分だった。
これから一週間、何度かに渡って聴き返してみるかもしれない。
じっくりと聴き込んで、自分の中に染み込ませるだけの価値は確実にあると思うから。
00:00 | 音楽批評 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
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