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Wed.

兎と亀

突然だけど、イソップ童話の兎と亀。
あれは根本的に間違ってますね。
兎と亀が競争したら、常に絶対に兎が勝ちます。
亀はどうしても勝ちたいのなら、長生き競争でもやるしかない。
駆けっこで勝ちたいと思い詰めてしまった亀はある意味、バカです。
滑稽でもあります。
現に遅いから負けるだろうし、挫折するでしょう。
その挫折は、ひょっとしたら無意味ではないかもしれない。
でも少なくとも、亀が駆けっこで勝つためには、その挫折は役に立ちません。
だから亀は決して、駆けっこで兎に勝てない。

その伝でいくと、僕はどっちかといえば兎になりたい方です。
夢想家じゃなくて、いつも現実主義的な発想をしてしまうタイプに属してる。
ただそんな人間でも救いがあるのは、人間には自分が兎なのか亀なのかなんてわかったものじゃないという点でしょう。
だって人間なんだから。
亀や兎であるわけがない。
だから、たとえば「不器用だからダメだ、俺は亀の方だ」という発想は、8割方は正しいかもしれないけど2割方間違ってる。
第一、人間なんてものは、イソップ童話全集に載れるほど無心に駆けっこだけしてるなんてことはまずありません。
特に大人は。
何かしら余計なこともして、常にはみ出しながら、およそ向かう方向を決めて進んでいってるはずです。

そのおよその進路(と本人が思っている方向性)に、本人の素質や環境、時代の流れ、人からの影響、などが作用して、現実が進展していく。
たとえ家に閉じこもって耳をふさいで時間を送っていても、やっぱり現実は進展していく。
だからそうこうするうちには、必ず何かしら突き詰めるべき極点みたいなものが目の前に現れてくるんじゃないかと。
僕はときどき、そんなふうなことを夢想します。
誰にとってもそうだ、なんてヒューマンなことを言うつもりはないけど。
でも僕には、何かができるはずじゃないか。と思う。
僕は正直、自分をイソップの亀だとなんか毛頭思っていません。
嫌なやつと思われようと何といわれようと。
どうも何か、トリエがあるとしか思えない。
そのトリエとなる方向に進んでいく限り、僕は自分が間違いなく兎とかサラブレッドとかチーターとか、何かそういう種類の生き物なんじゃないかと思う。
もしくは、そうなれるんじゃないかと思う。

先は長いかもしれないけど、僕が今進んでいる「およその方向性」が、僕をスプリンターにしてくれる「トリエとなる方向」から大きく外れていないことを祈りたいものです。
僕は亀じゃなくて兎になりたいし、なれると思っている。
その場を得れば。方向を間違えなければ。トリエの指し示す極点を見出せれば。
見出す前に腐ってしまわなければ。
そんなことを思いつつ。
きょう実際にやれたことといえば、課題の1stギターをやっと通して弾けたことくらいで、それを見てると自分が亀どころか、せいぜいカタツムリとしか思えなくなったりもします。
日々、これ戦い。(?
決め付けずにやっていくことが肝心なんでしょう。
たぶん。
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