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Tue.

らも死去に思う

さっきヤフーで中島らもの死を見てちょっとショック。
生身の存在として知らないだけに、生々しい悲しみというほどのものは湧いてこないけど、また1人リアルタイムでなくなってしまった、っていう思いがあって。
彼個人の生涯についていえば、僕は彼の“今夜、すべてのバーで”が大好きなんだけど、結局は食い散らかしの人生に終わってしまったんじゃないのかなあ、とか。
死の間際の時期は、ほとんど酒びたりだった(普段にも増して)という証言もあるみたいだし・・・まあ、その手の証言があてにならないのは当然としても。
なんとなく呆然となってしまうニュースではありました。

しかしそれでも、彼は幸せ者の範疇だと思う。
反発を承知でいうけど、これは確実にそう思う。
自分が中心になった劇団があって、慕ってくれる劇団員たちがいて、それをネタに活気ある小説も書けていて。
死んだ今もなお、惜しんでくれる人たちがちゃんといる、はず。
僕みたいなファンにしか惜しんでもらえないとすればそれは悲劇だけど、彼はそういう孤独からは免れられていたはず。
同時代を飾ってくれた存在の早すぎる死は残念というしかないものの。

らもさん、あんたまあ、生まれてきてよかったんじゃない?
とも思ってしまうのです。
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00:00 | 人生観 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Mon.

ラブ・サイケデリコ

土曜日に借りてきたラブ・サイケデリコ“Greatest Hits”を聴いてます。

しかし・・・どうなんでしょうね。こういうの。
上手い、凄い、カッコいい、と三拍子揃ってて・・・「で?」って感じ。
失礼を承知でいってしまえば、ものすごく達者な完コピバンドを見てて感じるのと同じ違和感を持ってしまう。
つまり、何がしたいの?この人たち。っていう。
シェリル・クロウに極度に似てる、っていう批判は置いとくにしても、ああいう音楽性が日本人である彼らのどういう部分から、どういう必然性をもって出てきてるのか。
いや、必然性がないからこそ、シェリル・クロウから個々の楽曲じゃなく「作風をパクって」、ああいうバンドができてしまったんじゃないのか。

やってる音自体は凄くクールで、これに惚れ込む人もいるんだろうけど。
「上手い、凄い、カッコいい」以外の賛辞はびた一文出せないようなバンドなんじゃないのかなあと。
すごく物足りなく感じてしまった。
00:00 | 音楽批評 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

山岡荘八を読む

そういえば、前々から読み進んでいた司馬遼太郎「坂の上の雲」をしばらく前に読み終えたんだった。
それから100円で買った中島らも「人体模型の夜」も読んだし。
今は山岡荘八「伊達政宗」に取り掛かっています。
で、その伊達政宗。
読めば読むほど、「司馬遼太郎は偉大だったんだなあ・・・」って感じになります。(汗
なんで司馬遼太郎が出てきてしまうのかというと、つまらないから。
何がよくないといって、もうひたすら英雄叙事詩なんですよ。
それ以上でも以下でもない。
いつも毅然としててとにかく偉い、天才児の伊達政宗、しか出てこない。
まだ1巻の半分くらいまでしか読んでないのにこんなこというのも何だけど、もう先は見えたな、と。

司馬遼太郎の書く人物たちは、人間として免れようもない平凡な一面を持っていて、自分がどう生きるかに悩み、迷走を繰り返す。
そうして、その果てに活路を見つけて大きくなっていく・・・その過程のどこかに、凡人で終わった人々との分岐点が隠れているはずで(ただし、それがどこなのかは誰にもわからない)、読者はその軌跡を逐一、追っていくことができるようになっている。
僕はその感触を好んで、特に幕末ものを中心に愛読してきたんだけど。
たぶん山岡荘八の時代には、そういう歴史小説の「あり方」そのものがなかったんだろうなあと。
そう思わざるをえない。
まあ、伊達政宗は個人的に大好きだし、今現在、政宗の一代記としてはこれを超える小説はないんだから、最後までちゃんと読むつもりだけど。

しかし、違うんだよな・・・。
小説家個々のスタイル、という問題ではないと思う。
僕が知りたいのは、英雄がいかに英雄に「なったか」、であって、英雄がいかに英雄で「あったか」、の物語じゃない。
それはただの噺家の話に過ぎない。僕はそんなものに興味はない。
司馬遼太郎だって、いかにも売文家的な文章の粗雑さとか、作品中に「私が私が」としゃしゃり出てこずにいられない品のなさとか、僕は決してすべてがいいと思ってはいないんだけど。
ただ彼の書く歴史上の人物たちは、紛れもなく生きてる。
途方もないリアリティや体温を持って、しかも生きた時代の範囲を超えて「現代人的に」なることなく。

そのことは、これまで僕が評価していた以上に司馬遼太郎の才能だったってことになりそうだ。
山岡荘八にしても、それよりさらにもう少し古い時期に書かれた吉川英治の「三国志」にしても、英雄叙事詩に終始しているというのが共通の特色としていえる。
その意味では、古代中国で書かれた「三国志演義」の頃から、歴史小説ってもののあり方の根本は何ら変わってこなかった。
それを変えたのが、どうやら司馬遼太郎だった、ってことになると思うから。
やっぱり、彼は偉大らしい。
山岡荘八を読んで、初めてリアルにそう感じた。
なんだか山岡さんには申し訳ないようだけど、こればっかりはしょうがない。
00:00 | 書籍批評 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Fri.

山本監督の五輪代表選考に不満

鈴木を落としやがった。
おまけに控えキーパーは僕がまったく評価してない黒河ときた。
坂田がバックアップメンバー?
今回の五輪代表選考、恐れていた通りのご乱心ぶりです。山本監督。
石川や徳永が落選を免れたことはよかったようなものの。
そもそも、誰があの18人を束ねるんだろう。

ひょっとして、リーダーとして小野に期待してる?
小野は確かにスーパープレーヤーで人間的にも魅力があるけど、ピッチで11人をガチッと結束させて、逆境にも動じずに立ち向かわせるような質のリーダーシップの持ち主ではないんじゃないだろうか。
念のためにいうと、一部の人々がそういう期待を寄せているトゥーリオに至っては、もう論外ってくらいにそういう資質は持ってない。
彼の闘争心は、あくまでも彼個人のもので、チームをまとめる性質のものではない。
リーダーシップってものは本来、ほとんど天賦のもので真似しがたいわけだけど、鈴木は意識的にそういう選手であろうとして、ほぼそれに近いものを手にしつつあった。
そういう選手を外してしまって、現に残ったメンバー18人を見渡したとき、そこにはリーダーらしき選手が見当たらない。
これは個人的には大問題だと思う。

そして、高原の健康問題による代表回避の件。
あの監督は、なぜかキャンプの段階で、回復具合の微妙だった高原を呼んでおきながら、その代わりになりうるような選手は呼ばず、オーバーエイジはこの3人、と独り決めに決めていた。
いわせてもらうけど、バカだね。バカとしかいいようがない。
オーバーエイジに期待する以上はもう、4人でも5人でも呼んでおかないと。
海外の高原が呼べるくらいなんだから、国内のJでプレイしてる選手を2人や3人、呼べないわけがない。
Jのクラブと当たりをつけとくのが何かと大変なのはわかるけど、それはやらないと。
だって監督なんだから。それは最低限の仕事。
それをやってこなかったことが今回の事態を招いたのは明白で、これについては彼には弁解の余地はないと思う。

貴重なオーバーエイジ枠を、まず曽ヶ端という期待薄の選手のために1つフイにして(14日付の日記の後半参照)、高原の回復という神頼みにかけてもう1つフイにして。
結局、実質として残ったのは小野だけ。
こんなちゃらんぽらんぶりでイタリアに勝てるかな?
まあ、あの監督に驚異的な運がついていれば勝ててしまったりするんだろうけど。
しかし、腕はない。眼力もない。
人間ってものもわからない。
監督としては、あまり褒められない人物なことは間違いないね。山本監督。
僕の見るところでは、「小野が思いがけないほどのリーダーシップを発揮して、チームを完全に掌握しない限り」、グループ予選敗退。
これは、かなり確率の高い予想だと自分では思う。
00:00 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Wed.

山本監督は人間オンチだと思う

ウォーキングに行って帰ってきて(メチャクチャ身体が重かった)、7時からのサッカー五輪代表チュニジア戦を見ていたら、前半の半ばからふっつりと眠り込んでしまって。
マヌケGKの曽ヶ端が前半終了間際にイージーミスして失点した拍子に目を覚ましたけど、疲れが出ちゃってそれ以降は動けなかった。

しかしひどい試合だった・・・途中眠ったりしてた僕がいうのも何だけど、山本監督のダメな部分が手に取るようにわかる試合だった。
あの人には、選手の気質とか精神性といったものがまったくわからない。
「戦えない選手は選ばない」なんて言ってるらしいけど、でもあいにく、彼の眼力では戦える選手なんかそもそも選べないだろうと思う。
山本監督がオーバーエイジ枠で熱望したという鹿島のGK曽ヶ端にしたって、僕は鹿島ファンだからあまりいいたくはないけど、本当のファイターでは決してない。

僕にいわせれば、オーバーエイジ枠を使ってまで呼ぶほどのファイターというなら、GKでは川口しかいない。
もしくは、努力を重ねて精神性に近いものに到達しているという意味で楢崎か。
あの2人のどちらかなら、若手を犠牲にしてもチーム強化のために呼ぶだけの価値はあるだろう。
でもそもそも、きょう後半に中途半端な出方をした名古屋のGK川島は、21歳とちょっと若すぎるものの、オーバーエイジ以外で精神性の萌芽のようなものを持っている貴重な選手だ。
山本監督は彼をこれまでずっと飼い殺しにしてきて、今日になって急に、4人もいる控えGKの中から唯一、出場機会を与えた。
キーパーという特殊なポジションの選手の能力が、たった45分で測れるはずもないのに、なぜ今になってこんなことをしたのか、僕にはさっぱりわからない。

選手の精神性というのは、わからない人には何時間説明してもわからないものらしい。
「俺はどうかな?」という人がもしいたら、ちょっと僕の採点とすり合わせてみたら面白いかもしれない。
今の五輪代表でいうなら、戦える精神を持った選手は川島、トゥーリオ、徳永、今野、鈴木、石川、安部、田中、大久保、平山、坂田といったところ。
逆に論外の選手としては黒河。この選手はダメだ。断言してもいい。
さらに、ダメと断言はしないものの個人的に疑念を感じる選手としては、上述のとおり曽ヶ端と、あとは那須、森崎、山瀬、前田。
名前の上がっていない選手は、可もなく不可もなく、といったところ。
もちろん、こんな外野の論評に誤差は付き物だけど、「当たらずといえど遠からず」くらいのところは突いているという自信がある。

僕にとっての問題は、あの人間オンチの山本監督が、上に挙げた「戦える選手」をどこまでメンバーに残してくれるかという点だ。
僕の見るところ、川島の代表残留はかなり厳しそうだし、石川や坂田も微妙なところだ。
でも、彼らのような選手をむざむざと切ってしまうようなバカ選考をやってしまうようなら、オリンピックは十中八九、予選敗退に終わるだろう。
いまさら監督を変えるわけにもいかないわけだし、せいぜい山本監督の脳ミソに天使が舞い降りてくれることを祈りたい。
ちなみに、試合は0-1のままいいところなく敗戦した。
00:00 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sat.

危機一髪

今日はいきなり危なかった。
いつも原付で通っている高速道路下の交差点で時々ネズミ捕りやってるから警戒してたんだけど。
今日に限ってぼんやりしたまま、ネズミ捕りの警官どもの目前でオレンジ線踏み越して車線変更しちゃって。
僕はかつて2度、そこでネズミ捕りに引っかかってるけど、そのうちの1度はまさに同じ理由で捕まっていたから、見逃してもらえてない確率はかなり高いという気がした。
そこで、ネズミ捕りポイント直前の赤信号で運命の青信号を待ちながら、必死で脱出法を考えました。

かつてやったことがあるのは、もっともらしい顔して歩道に乗り上げ、メットインを開いて忘れ物を捜し、あーしまった、という顔をして回れ右。
慌てず騒がず、後ろめたい気配など間違っても見せず、堂々と逆方向に立ち去っていく。という手口。
これは大成功だった。
でもここしばらく、頼みの綱の歩道近辺は工事中で、二重三重に工事用ガードレールみたいのが張り巡らされているから、原付の乗り上げようもなく。
まさに絶体絶命の状況でした。

でも、いざとなれば思いつくものです。
高速道路下には、僕が1度も利用したことのない公共の自転車置き場があったってことを思い出して。
それをどうにか脱出に利用できないかと頭を絞りました。
具体的には、
①そこに停める予定だったフリをして、おもむろに原付のエンジンを切り、
②車線ひとつ横断して道端に寄って、横断歩道のところまで行く。これは違法には当たらないはず。
※この前後、監視中の警官の目と鼻の先まで近づくことになるけども、遠くを見る瞳でやり過ごす。
③あとは歩行者の群れにまぎれて横断歩道を渡り、
④自転車置き場までそそくさと逃げ込んでしまえば──どうにかなるかもしれない。
と、こう僕は考えました。

それで。思い立ったら即実行。
というより、信号のリミットも目前に迫っていたので、冷や汗をかきつつ、計画通りに事を運びました。
せこいルパン3世みたいな気分だったけど、サツも人手が足りなかったのか、無事成功。
なんとか虎口を脱したようなわけでした。
00:00 | 雑談・座談 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Wed.

魔裟斗に拍手

K1ワールドマックスを見て魔裟斗に大拍手。小比類巻に大ブーイング。
もともと、個人的な評価としては魔裟斗はまずまず高く、小比類巻はまったく好きじゃなかったんだけど。
まったく小比類巻、ナイスアシストでした。
噛ませ犬になって、タイ人選手の体力温存・ウォーミングアップに大きく貢献した。
あれがなきゃ決勝はもっといい勝負だったろうに。

予定通りの攻撃で相手をコントロールできている間は自信ありげで、相手にコントロールされたらたちまち意気阻喪、回れ右で噛ませ犬。
あれが格闘家か。
頭が悪すぎる・・・考え抜いて準備するってことができていた試しがない。
また練習する、なんていってるらしいけど、遠慮なくいえばやめてほしい。
べつに今日結果的にタイ人をアシストしたからってわけじゃなく、努力の方向とか、自分なりの理想のイメージが、根本的に間違ってると思うから。

どうしてもやる気なら、魔裟斗やクラウスやあのタイ人にあって自分にないものを、血ヘドを吐くほど考えるところから始めるべきで、練習なんてその間はほどほどでいい。
だって根本が間違ってるんだから。
本当はやる気なんかなくて、なんとなくまたストイックな気分に酔いたいだけなら、どっか見えないところでどうぞ。
00:00 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

深刻なる愚痴

昨日の治療では、足を中心に施療。
最後に鳩尾をやって終了。
足の治療の際、僕の全身的な不調の原因になっているらしい足の「固まっている」範囲が、踵周辺だけではなく足先まで及んでいるという説明があった。
踵だけでも大変なのだけど、足先までとなるとよほどの重症で、悪くすると「僕の治療技術が今のまま進歩しないとすると、最悪で1年くらいかかるかもしれない」。
のだそうな。
ここしばらくは期限を予告しての治療は避けてるみたいだったから、べつに今さらショックとかはないんだけど。
ああやれやれって感じです。

1年。
それも、そんじょそこらの健康人の1年じゃない。
26年間、そこそこマトモに生きられてきた人間だって、今日から1年間はあなたは不調続きですよ、と宣告されたらけっこう参るでしょう。
ところが僕は、同じような不調に中2のときから直面し続けてきている。
それも症状が表面化して、はっきりと自覚したのが中2のときなのであって、実際の問題はそれよりもずいぶん前から存在していたらしい。
もう正直、勤続疲労もいいところです。
この期に及んで、また一年。
人生の時間はどんどん減っていくというのに。
まるで心身の不調と戦うために生まれてきたかのような時間が、すでに13年近く。
それがさらに、14年に延びる。
このことの意味を、リアルに想像できる人はいるかな。

・・・なんだか泣かんばかりの文体になっていそうだけど。
実のところ、泣くほどの感情の揺らぎは僕にはないです。
慣れというか、慢性的な諦めというか。
そういうものが悲しみをさえ邪魔している。
普段、この日記にはその日その日の心身の不調みたいな卑小なことばかり書いているけど、僕の実際の苦しみというのはそんなところにはない。
そんなところにはないから、いつも気軽に書けているのであって。
本当に苦しいのは、人生が捻じ曲がってどんどん時間ばかりが経っていくというのに、それをどうすることもできないという現実。
そしてその現実が、どんどん堆積して13年、14年という歳月にまでなってきているという事実。

一人前に悩んでいるつもりの人たちを、ときどき憎んでしまう。
あなたの悩み苦しみは、市販の人生読本や日曜版の悩み相談コーナーにさえ出てきてるじゃありませんか。
黙って読んで、解決策を探したらいい。仲間も相談者も、腐るほどいる。
死ぬほど悩み苦しんで、類例を求めて図書館中ひっくり返したって、仲間1人見つけられない人間の苦しみを思うがいい。
そしてもう1つ、似たような記述を繰り返すけど。
・・・なんだか人も殺さんばかりの文体になっていそうだけど、そこまで人を憎むほどの感情の弾みというのも、正直、今の僕にはないのです。
00:00 | 病的独白 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
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