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Sun.

エクソシスト

予定通り「エクソシスト」。
そこそこ面白かったけど、そんなに怖いって感じじゃなかったな。
かつて見た「リング」は、見る前に密かに恐れていたほどじゃなかったとはいえ歴然と「怖い」と感じたけど、こちらはまったく。
あと、期待のブリッジ階段降り女のシーンがほんの一瞬だったのがちょっと残念だった。

ハリウッド映画は、パニックを描くのは上手だと思う。
たとえホラーものでも、パニック的な要素があればそこそこ面白いのが多いんじゃないかな。
ただ、ああいう「静と動」みたいな怖さとなると日本人の感性には到底かなわないと思った。
映画としてはそれなりに上手にできてて、音声の効果なんかも絶妙だと感じたからこそ、このへんがハリウッドの限度なんだろうと。
物語としては、デミアン・カラスという神父にちょっと自分を重ねて見てました。
名前がカラスだからってわけじゃなく、キャラ的に陰があってちょっとよかったから。

ほか、マリナーズのイチローがキャリア4度目・今シーズン3度目にして、2ヶ月連続の月間50本安打達成。
室伏、金メダリストのアヌシュ(ハンガリー)のドーピング疑惑で繰り上げ優勝。
そして残念ながら肝心の僕は、夜になって、映画の疲れかぐったりしてる状態。
まあ、治療の翌日だし。
好転反応だと思って気にしないことに。
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Tue.

金メダルの比率

オリンピックのメダル数の話題っていうのは、個人を軽視してる気がして、いつもどっちかといえば苦々しく聞いてるんだけど。
そのくせ最近、目を見張るような思いで注目しているのは、今回の五輪のメダル総数に占める金メダルの比率の高さ。
今現在、金15銀8銅9ってことだけど、これまでの大会じゃ金が一番多いなんて日本にはありえなかったように思う。
僕のおぼろげな記憶によれば。
ところが、今回はこれだけの金を獲ってる。

頂点に届く、勝負に勝てる選手が増えてる、ということのように思うのです。
思い起こせば、マラソンの野口も水泳の北島・柴田も、なにも世界記録を出して優勝したわけじゃない。
ただただ、勝負に勝って、頂点に立ってる。
そのことの意味は、日本人のメンタリティの進化、なんて視点から見ると、決して小さいことではないんじゃなかろうか。
現に柔道では、優勝を期待された選手の多くが現実に優勝を勝ち取って見せてくれた。
もちろん、メダルラッシュにはそれ以外の選手たちの爆発が不可欠だったわけだけど、いっときの運じゃなく「実力で勝ち取った」メダルが多いという印象は、観戦してる人なら大抵うなずけるところなんじゃないかと思う。

思い起こせば。
昔から、僕は「勝てる」選手が好きだった。
マラソンなら、「○○国際で2位になったときに日本記録を樹立、優勝経験なし」なんてランナーはわりとどうでもよくて、記録がどんなに平凡でも「勝っている」ランナーに注目してきた。
マラソンといえば、僕のマラソン観を幼心に確立したのは瀬古選手だったけど、彼はまさに鈍足の常勝選手だった。
鈍足といっちゃひどいけど、世界記録を持ってた時期なんて彼にはなかったんじゃなかったかな・・・なにしろ子供時代のことだから不確かだけど、「世界記録保持者」の選手よりずいぶん遅いんだなと思った記憶があるから。
ところが、その世界記録保持者と並べて走らせれば、きっと勝つ。
と、そう思わせてくれるものを彼は確実に持っていた。

今、日本人選手たちの多くが、ギリギリの勝負の中で美しい勝利をものにして見せてくれている。
その美を、数値的に証明しているのが、あの金メダル比率なのかもしれない。
そんな気がしたのです。
もちろん、金メダルを取った選手だけが美しい、って意味ではなくて、僕がいいたいのは、日本人選手の多くがそういうメンタリティを持って戦っているという事実の方だけど。
たとえ銀でも、銅でも、勝者のメンタリティを貫いた結果としての美しい銀、銅が多くなってるんだろうと思う。
妥協の銀や、一歩物足りない銅、ではなくて。
そのことが、僕はうれしい。
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Tue.

谷本歩実に心底惚れ込む

体調不良、続く。
午後2時過ぎからどんよりとした眠りに落ち、4時に起き出すと、前進の血液が胆汁に変わったような(っていっても胆汁のことなんてよく知らないけど)感じがして、全身だるくてボロボロだった。
ウォーキングはサボって、今日もオリンピック。
女子柔道の谷本歩実の優勝に感動した。

なにしろ、あの人はすべてがいい。
柔道のスタイルは超・攻撃的。
階級の中では小柄で、上背で最大22センチも上回る相手とも戦わなきゃならないんだけど、どんな相手と組むときもどんどん自分から押し込んでいく。
そして、必ず相手よりも先に技を出す。
その技は、バタフライナイフのように切れる。そして連続する。
技が切れるということは、柔道の世界では一種の天才性を意味するようなのだけど、ただ彼女はその技の切れに甘えるようなところは微塵もない。
なぜそういえるかというなら、投げた瞬間、審判のジャッジになど目もくれずに倒れた相手に寝技を仕掛けていくから。

結果的に、投げが「一本」となればいいし、ならなければそれはそれで、相手を押さえ込んで「合わせ技一本」を取ればいい。
という態度で、とにかく勝利に対して鋭く削げ立った集中力を持ってる。
結果、一連の5試合の中で、彼女は消極性や「掛け逃げ」による警告をついに1度も受けずじまいだった。
そして勝利の内容は、相手が負傷でギブアップした準決勝を除いてはすべてが一本勝ち。
まさに完璧の一語に尽きる。
優勝を決めた瞬間の表情も、インタビューに答えた言葉の一つ一つも、何のケレン味もなく美しかった。

師匠の古賀さんを「古賀先生」と呼んですごく慕ってるようだけど、その慕いかたも心地よく乾いていて、体育会系の人間関係にありがちな閉じた湿度がまったくない。
たとえば、僕が決して嫌いではないマラソンの高橋選手でさえ、小出監督との関係の中では妙な依存気質をちらつかせてしまう。
ところが、谷本選手の「古賀先生」への愛着にはそういう嫌味がない。
あくまでも自立した一人の選手として、自分自身をしっかり持した上で、人格力量ともに優れた自分のコーチを慕い、敬意を払う。という態度。
聞いていて何の違和感もなく、爽やかで美しかった。
そういう関係を築いた片割れである元・「平成の三四郎」古賀稔彦も大したもんだと思う。
素敵な師弟関係だなあ・・・ほんとに。

しゃべり方や内容を聞いてる限り、谷本さんという人は賢いしプライドも高いし、謙虚な一面も持ち合わせている。
そういう人があれだけの実力を身につけた以上、今後も急に自分を見失ったりすることはないだろうと思う。
きっと、これからも素晴らしいキャリアを積み重ねていける。
しばらくは研究されて苦労するにしても、それを遅かれ早かれ、凌駕していくことができる。
日本人はまた1人、長く楽しませてくれる本物のアスリートを手に入れた。
今日の柔道を見ていなかった人も、谷本歩実にぜひ注目してほしい。
彼女が本物だってことは、僕が保証する。
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Mon.

山本死すべし

さて。
今の今(朝4:26)まで、サッカー五輪代表のイタリア戦を見ていた。
先日のパラグアイ戦ももちろん見た。
それで結論は、山本監督は日本に帰ってこなくてよろしい。ということ。
なんだったら責任を取って死んでくれてもいい。

この日記の中でも何度か触れたけど、僕は彼を「人間音痴」と常々呼んできた。
さらには、日記中では触れなかったかもしれないけど「ビビリンチョ」とか「チキンハート」とも通称してきた。
前者は彼が選手の精神性・闘争心・リーダーシップといったものをまったく理解していないことを指摘した表現。
後者はここぞというところでクソ度胸を据えた勝負に出るだけの根性がないという点を指摘した言葉だ。
そうした彼の人格的欠陥が、この2連敗を生み、日本サッカーの名誉を地に落とした。

まったく、日記中で危惧してきたことが次々と明るみに出た2連戦だった。
「那須の自陣でボールを持ちたがる悪癖は問題」
「那須や曽ヶ端の精神性には疑問符がつく」
「鈴木は精神的なリーダーとして必要不可欠」
「小野には逆境のチームを鼓舞してひとつにまとめるような種類のリーダーシップは期待できない」
「トゥーリオの闘争心はあくまでも個人としてのもので、あれをリーダーシップと誤認してはいけない」
どれも日記中で書いた覚えのある内容だ。

さらにテレビの前で一人ごちていた内容を加えれば、
「那須のようなプレーをする選手(DF)には人格的な問題があるのだから、決して代表に選んではいけない。必ず肝心なところでミスをする。ましてやキャプテンを任せるなんて正気の沙汰ではない。その一点だけを見ても、山本監督の人間理解の浅薄さは明らか」
とか、
「僕ならトゥーリオは左右どちらかのセンターバックにして、中央のディフェンスリーダーは阿部にする。そうすることによって、小野の加わった中盤との両立もスムーズに行くはずだ。オーバーエイジとして小野を加えるというビジョンがあらかじめあったのだとすれば、なぜそれをしておかなかったのか理解に苦しむ」
とか。
自分でいうのも何だけど、予言的といっていいくらいにあのチームの不合理(山本のバカが作り出した)は僕の目には明々白々だった。

それと同時に、僕はこうもいっていた。
「それでも、山本監督に驚異的な運がついていればなんとかなってしまうのかもしれない・・・」
運というのはいうまでもなく、監督という職種の主要な能力のひとつだから。
でもあいにく、あの無能監督にはそんなオマケの能力などは付いていなかったらしい。
おかげで、僕の予言という予言は当たり、日本は2連敗し、世界に恥をさらし、チャンスはたくさん作ったとはいえ、日本のサッカー音痴層に「日本サッカーはやっぱりダメなんだ」という誤ったイメージを植えつけた。
さらには、Jリーグの存続・発展にも大きな影を落とした。
この責任は、すべて山本監督の無能にあると僕は断言する。

無能を無能と責めるのは気の毒、などという弁護は新入社員あたりまでにしてもらいたい。
責任ある地位の人間の無能は害悪であり、罪だ。
見逃して許される問題ではない。
穏当にいっても、山本監督には今後10年ばかり、一切の表立った活動は慎んでいただきたい。
罪状は、オリンピックで世界に露呈した監督としての無能。
足し算引き算でメンバーを構成し、見よう見まねの戦術でそれなりにチームとしての体をなしたとしても、監督の人間音痴ゆえにリーダー不在に陥ったチームではここぞという勝負どころを切り抜けられない。
彼の顔は当分、見たくない。
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Mon.

「東京ゴッドファーザーズ」を見る

体調悪くて2日連続でウォーキングサボり・・・その前は治療の日だから、3日連続で歩いてないことになる。
体調悪いっていっても、ちょっと頭重くて全身のひどい疲労感があるだけで、そんなはっきりした症状ってわけじゃなく。
ただどうにも気に入らない。
こうしてなすこともなく、何十日という時間が過ぎていくことが。

今日はそんな無為へのささやかな抵抗をかねて、オリンピック以外に1つ、映画を見た。
アニメ映画「東京ゴッドファーザーズ」。
なかなかよかった。
3人のホームレスが体験する一連の奇跡の物語なんだけど、危ういバランスながら、なかなか魅力的に世界観が成立してる。
個人的には、女の子の声を演じていたという岡本綾さんにちょっとびっくり。
あんな演技(声の)ができる人なんだなあ、と思って。
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Wed.

久々に猫バカぶりを発揮

昨日から、ずっと子育て中だった野良ネコの「ボルボン」が5匹(!)の子猫を連れて遊びに来るようになりました。
これまでは、様子から子育て中とわかっただけで、子猫を見たことはなかった。
もともと知恵がありすぎて、警戒心旺盛で冷たいようなタイプの猫だったけど、歳とともに丸くなって、今年はとうとう、まだ小さい子猫に僕が手を出しても平気になった。
2年くらい前までは、背中をちょっと触れられることさえ嫌がって大変だった猫なのに。
とはいっても、媚びることを覚えたという感じでは決してない。
とてつもなく賢くて、未だにどこか心を許しきっていなくて、それでも今は落ち着いて人のそばで寝そべったりしている。
実に実に、いい猫です。

こいつの兄弟の「リオネラ」(すでに事故死)は、知性ではボルに引けを取らないものの、早くから人間好きで、そもそも性格的に天然で、ボルボンとはちょうど好対照を成していた親友猫コンビだった。
その死からずいぶん経って、猫たちも世代を重ねてきたけど、未だにこの2匹ほど非凡な猫を見ない。
ボルが死んだら、リオネラもなんとなく思い出の中で脚色しちゃってるような気がしてきてしまうのかもしれない。
本当に本当に、賢くて魅力的な猫だったんだけど。
それを証立てるエピソードなんかもう、やつの生きていた2年未満の期間だけでも腐るほどあったんだけど、でもボルがいなくなってしまったら。
本当に非凡な猫がいたということを、居ながらにして証立ててくれる存在を僕は失ってしまうことになるから。

僕がなんとなく考えていた猫っていう生き物の限界を、根本的に覆してくれた天才猫たち。
元気に生きていてほしいし、忘れたくない。と思う。
そして新しく生まれた5匹の中に、天才2匹のDNAを正しく受け継いだ名猫がいてくれることを祈りたい。
ただでさえ、5匹も増えたら地域からの圧力が大変に決まってるんだから。
せめていい猫がいてくれないと、立つ瀬がない。(笑)
特に魅力のない雌猫がいたりすると、避妊手術受けさせるためにドタバタやったり、それだけやっても近所のバカどもが騒いだり。
本当にいろいろあるから。
00:00 | 雑談・座談 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

ボニピン“Pink In Red”を見る

朝はなかなか起きられずに、11時過ぎやっと起床。
気分はここ数日よりはよかった。
ただ、明日のバイト(個別指導塾講師)の予習をちょっとやって、ボニピンの“PinkInRed”のDVDを見終えたころから急に膝あたりに疲れを感じた。
と思ったら、もう全身が脱力気味になっていた。
その後はいつも通り何もできなくなって、ウォーキングだけ強行。
足萎え感もいつも通り。


ボニピンのDVDは、率直にいってよくなかった。
あの人はCDを聴いている限り、すごく洗練された感性を持った人だけど、ライブになると急に不器用さを露呈してしまう。
人間としてはそういうところを僕は悪くは思わないけど、どうも垢抜けなくなって、印象が散漫になってしまうところがある。
基本的にはやっぱり、音楽としての完成度を誇るレコーディング・アーティストっていうのが本来の個性なんじゃないかな。
ただ、そういうライブでもそのまま録ってそのまま見せてくれれば、彼女の人間的な魅力もまっすぐに伝わって、きっと見ていて楽しいライブDVDになってたんじゃないかと僕は思う。

でも実際は、そうじゃなかった。
さっき指摘した、ボニピンのライブにおける意外な垢抜けなさ、というのはまず真っ先に踏まえといてもらうとして。
さらにマズかったのは、そのやや散漫なライブ映像を、無駄な映像的トリックを濫用することでさらに散漫に編集してしまっていたことだ。
演奏中に画面上のどうでもいいようなポイントに向かってズームインしてみたり、まるで映像編集ソフトを初めて手に入れて、何かやってみたくてしょうがないガキンチョが編集したみたいなダメさ加減。
本人の意図なのかスタッフのせいなのか知らないけど、ああいうのはまったくの蛇足だと僕は思う。

演奏もよくなかった。
ずっとアメリカで暮らしてるからか、メンバーの数人が外国人で、彼らに引っ張られていろんなアレンジをしちゃったんじゃないだろうか。
僕の大好きな“SleepingChild”なんか、いじりゃいいのかよってくらいにクラブミュージックとも何とも付かない奇形の音楽になってて、聴いていて辛かった。
変えるのは勝手だけど、許せないのは、何をしたいのかぜんぜんわからない編曲だったっていう点だ。
プレーヤーの中には、「こんなに変えたぜ、どうだ!」って自分に酔いたいだけの奴がいるってことは僕も経験上知ってるつもりだけど、ボニピンライブである以上は、ボニピンさんがちゃんと統率してないと。

あれがボニピンさんの感性の結果だとは、僕にはどうも思えないんだよな。
実際はどうだったんだろう。
まあ何にせよ、とても残念な出来のライブDVDでした。
00:00 | 音楽批評 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
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