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Fri.

「4年後の中田英寿」への賛否

微妙だな。と思う。
「『代表やめないで!』中田英ホームページにアクセス殺到」
中田びいきのファンからすれば、中田が世界基準であんなにがんばって、チームを引っ張ろうとしてるのに、チームが付いてこなくて孤立して気の毒、付いてこられないチームが悪い!・・・みたいな発想があるんだろうけど。
僕の見るところ、中田の求心力のなさというのは、中田自身の問題という部分も多々あるのじゃないかと思うから。

難しい問題で、部外者である僕なんぞにはもちろん憶測もつかないけど、なぜ孤立するのか、なぜ周囲を引っ張りきれないのか、という点を自分自身の中で突き詰める工夫が中田には必要だと思う。他を批判して奮い立たせ、なおかつ反発させずについてこさせるほどの器は、現実としてまだなかったわけだから。
その点で他罰的になって、周囲に理由を求めてるうちは、リーダーとして機能などしないだろう。
リーダーとして機能しないのであれば、33歳のベテランMFとして臨むことになる次回のW杯に彼の存在が本当に必要かどうかは、やはり「微妙」というよりほかはなくなる・・・もともと偏食なんかの問題のある人だし、あるいは肉体的な衰えは急激に来る恐れもあるのじゃないかとも思うから。

だから、ありとあらゆる意味で「微妙」なのです。
敢えていうなら、「やめないで」コールで残留する程度の覚悟なら、「やめてしまえ」と思う。
死に物狂いで4年後にリベンジを、と本人が本人の動機で決断するなら、拍手を贈りたいと思う。
そんな感じ。
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11:54 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Mon.

どうしてもどうしても、川淵とジーコには我慢がならない

よく言えたね、保身大事の老耄ジーコ。(嗤
「ジーコ監督『まだ未成熟』 ドイツ紙が掲載」
自分の指導する国の成熟度合いを見てチーム作りの方針を決める程度のセンスも持たなかった未成熟ななんちゃって監督が、自らの野放図なチーム作りの結果として敗退した今になって日本を「成熟していない」だと。
監督はチームと共に批判されうなだれる側であるべきで、うまくいかなかった途端にマスコミと一緒になって「ここがダメ、そこがダメ」という立場じゃないよ?ジー坊や?
未成熟なのは君の脳ミソと精神の方だろう・・・いやむしろ過熟してドロドロに腐って溶けてるというべきか。

普段は決してブラジル人仲間を批判しないようなフシもあるセルジオ越後でさえ苦言を呈するほどの支離滅裂監督の分際で、まったく笑わせてくれる。
僕は鹿島ファンだけど、ジーコが監督として通用するとは4年前の時点で思ってはいなかったし、今となっては完全に彼のことは無能な老害としか思っていない。老害とは、いうまでもなく、実年齡ではなく老いさらばえた醜い精神のことをいうのだ。
鹿島や日本サッカー界はもちろんのこと、おそらく全サッカー界における君の仕事はもう終わった。
もうあまりしゃべらない方がいい。


セルジオ越後つながりで、同氏コラムから。
「なぜ帰国の日に発言?惨敗の追及かわしか!!」
珍しく同国人ジーコにも容赦ない最近のセルジオ、やはり怒りの矛先は川淵にも。
まあ、衆目の見るところは1つだな。(毒)老害が保身を図ってる、ってだけのことだ。

世界のオシムをだしに保身を図り、そのオシムには当然のことながら目論見を見透かされ(オシムと川淵とでは知的レベルに天文学的な差異がある。日本人として情けないことだけど)、そしてそれがそのままオシム体制のスタート、ということになる。
オシムが苛立ちをこらえて日本代表監督を引き受けてくれたとしても、そういう体制の始まり方が、果たして今後にいい影響をもたらすのかどうか?たとえばただでさえ健康に不安を抱えるオシムが、この監督の仕事を続行するか、断念するかの瀬戸際に立ったとき、彼に「万難を押して、日本代表監督を続けよう」と思わせるだけのモチベーションを、この川淵の件は与えるだろうか?

ここには間違いなく、純粋に日本代表を強くするためだけではないなんらかの作為が働いている。
宇都宮さんもセルジオも、そして一介の門外漢である僕もまた、その見え透いた作為を見るに忍びない。
03:58 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Mon.

朝鮮日報記者Sさんにささやかな敬意

すごくがんばった記事を書いてくれた朝鮮日報の記者がいる。(涙
「【W杯】奇跡の前半と悪夢の後半…サムライブルーが姿消す」
こういう、大きな視野から見ての親日記事が、ほんの少しずつでも日本のいい面を「も」知らしめてってくれる希望は、間違いなくあると思う。
ありがたいな。・・・その後、韓国代表も結果的には日本と五十歩百歩に終わってしまったけど、それはそれ。ブラジル戦惨敗後の日本に、この記者のいうような感情があったのは間違いない事実だから。

日本人はたびたびスポーツでアジア予選を勝ち抜く巡り会わせになるけど、自分たちがアジア予選を勝ち抜いたアジア代表だ、というところに強い誇りを持つ一方、仮に自分たちより上に行くアジア人がいれば、そこにどんどん感情移入して「アジアのなんたるかを見せてやれ」と思う人がわりと多い。
思い入れは、アジア代表として世界と戦う名誉そのものにこそあるんであって、それが自分たちと共にあれば何よりだけど、よしんば自分たちじゃなく他国と共にあったとしても、それは間違いなく同じ名誉だということを、多くの日本人は理解している。
韓国が最後のアジア代表なら、アジアサッカーの何たるかを、という反射は、かなりの日本人に共有されうるものなんだ、間違いなく・・・それこそ朝鮮日報で多用される用語の「ネチズン」の発言だけを集めてしまえば「本当にそうか?日本人」って感じかもしれないけど(笑)、「ネット弁慶」層だけじゃなく日本人総体を見てくれれば、それは間違いなくそうなんだ。

日本人は納豆を食い、キムチを食い、北京ダックを食い、トムヤンクンを食い、フォーを食う。その悪食(?)ぶりは決してダテじゃなく、けっこういろんな分野でボーダレスだ。
韓国代表がアジア代表なら、それは韓国代表を応援しないと!ということを、ほとんど即座に思う。そして、でも果たしてこの心情は受け入れられるだろうか、空しい一方通行ではないのか?とたじろいでみたりする。
そういういわば現代の平均的日本人の、心の働きのたとえほんの一分でも、日本人に成り代わってやんわりと伝えてくれる韓国人記者の存在は、本当に本当に大きい。
ちょっとばかり希望的なものを見せてもらった。
03:27 | 雑談・座談 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

川淵さん、公職を去るシオドキだよ

大馬鹿の川淵さんの失言問題に関してのごく穏当な非難声明。
宇都宮徹壱の日々是世界杯2006「偉大なチームと肩を並べたドイツ」
ちょっと意図的に長い引用をさせてもらいます。著作権的には微妙だけど、万に一つ、原文が事後検閲にあった場合にも該当のくだりが生き延びるように。そして、原文のメインテーマはあくまでも別のところにあるから、このくだりに差し掛かる前に読むのをやめてしまった人がいた場合のことなども考えて。

 まず「失言」が意図的ではなかったと仮定する。次期代表監督という、協会人事の中でも最も神経を使わなければならない機密事項を、このような場で「失言」するというのは、常識的に考えれば大失態である。少なくとも、年間数十億の予算を持つ組織の長がすることとは、およそ思えない。当のオシムも、こうした守秘義務が守れない組織で仕事をすることに、少なからずの危機感を覚えるだろう。

 では「失言」が意図的だったと仮定しよう。すると、なぜ、今このタイミングなのかという疑念が浮上してくる。そうなると、あらゆる状況をかんがみて、今大会の惨敗という現実からファンの関心をそらすため、と判断されても仕方がないだろう。そこで「世界のオシム」がダシにされたのでは、たまったものではない。ジーコの後任がオシムであれ、ほかの人間であれ、まずは今大会の総括と反省が何よりも優先されるべきである。

 そして「失言」が意図的か否か以前に、ジェフ千葉のクラブ関係者、選手、そして何よりもサポーターの心情というものを、あまりにも無視した発言であったことが、私にはどうにも納得できない。彼らがこの3年半の間、どんな思いでオシムとともに戦い、どれだけ苦しみと喜びを分かち合ってきたか――ジェフのサポーターではない私でも、それなりの理解と想像はできる。そうした大切な思い出を踏みにじるかのような今回の「失言」を、少なくともジェフのゴール裏の住人たちは、決して許すことはないだろう。

 果たして「失言」の真意はどこにあったのか。いずれにせよ、何とも暗澹(あんたん)とさせられるニュースである。

特に内容に関して補足することはないと思う。ただ、この道でメシを食い、利害関係も大きく、悪くすれば今後の仕事に差し支える恐れさえ抱えてるはずの人がここまでのことを書くのは、よほどの義憤があってこそで、僕のような無責任な立場からの放言とはわけが違う、ということだけはいっておきたい。

川淵さんは会長職を退き、以後一切の影響力行使を慎むべきだと僕は思っている。
サッカーというスポーツは、見て理解するのにさえある程度のレベルの知能を必要とする(本当は)。それなのに、サッカー協会の会長が川淵さんであるということは、僕にはとても不合理に思える。意味がわかるかね川淵さん。
無理なら、意味がわからなくてもいい。要は、日本サッカーの発展に貢献したいのなら、これ以上そこにいることをやめろ、ということだ。
Jリーグの創設に至る数年間、川淵さんの貢献は恐らく絶大だったのだろう。でも、だからといって、Jリーグも日本サッカーも、川淵さんの私物ではない。会長の椅子もまた同じだ。
これ以上、醜く既得権にしがみつくのはやめにしてもらいたい。
20:40 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

アガシ引退と、男子テニスの一時代の終わり

極上の精神性を備えた真の達人プレイヤー、ついに引退。
「アガシ、全米後の引退発表 男子テニスの元世界1位」
初め天才的な新人として、当時トップに君臨していたクーリエをこてんぱんに蹴散らして世界ランク1位に座ったころは、まださほどの魅力もない、なにやら野太いルックスばかりが目立つプレイヤーだったように記憶している。
彼が本当の魅力を発揮し始めたのは、そのさらに後を追うようにして登場したビッグサーバーにしてオールランドプレイヤー、そして後に最大のライバルとなるサンプラスが登場してきてから。

実際の戦績なんかは事細かに憶えていないけど、当時の漠然とした印象にまかせて物言いするなら、要するに若きアガシは、新人サンプラスに鎧袖一触、蹴散らされた。彼がクーリエを蹴散らしたときと大差ないほどのあっけなさで、勝ち得て間もなかった世界ランク1位の座をサンプラスに譲り、その後しばらく、その下に甘んじることしかできなくなっていた。
その相性の悪さたるや、まったく救いようのないもののように見えた。折りしも、テニス界はビッグサーバー型の選手たちに席巻されつつある時期で、アガシもまた、最高級のテクニックを持ちながらも、その流れに飲み込まれて消えていくのかとさえ見えた。

ところが、その彼が、練りに練ったリターンの技術を引っさげてサンプラスを数度に渡って破り、ついに世界ランク1位に返り咲く。対するサンプラスも、むざむざと首位を明け渡すわけではなく、研鑽を重ねては巻き返し、2人は男子テニス界の頂点で、長らく2大プレイヤーとして覇権を争い続けることになった。
ただその後も、アガシには試練が断続的に訪れた。もともと、絶対的なフィジカルで敵を圧倒するタイプの選手ではなく、技術と精神力が彼の最大の力というところがあったから、ひとたびプレーにぶれが出るとたちまち限界の影がちらつく。それだけじゃなく、実際に大きな故障も何度かあったようだった。世界ランクが3桁台に落ち込んでいた時期だってあった。
でもそのたびに、アガシは復活し、復活したときにはそれ以前より一層の、勝負どころでの厳しさ、隙のなさを身に付けていた。

僕には2人、好きな男子テニスプレイヤーがいた。ガラスのビッグサーバー、「エクスカリバー」イワニセビッチと、そしてこの「達人」アンドレ・アガシだ。
イワニセビッチが選手生命の終わりを目前に、主催者推薦枠から掴んだ奇跡のウィンブルドン初制覇を最後に引退し、そして今、アガシもまた現役生活を終える。
寂しさは禁じえない。
01:51 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sat.

韓国よ、お前もか

ライバルだけに、「韓国だけあんまりうまくいっちゃうのも悔しい」みたいな感情もある。しかし。とはいえ。(苦
「運にも見放され敗退=韓国も世界との差痛感」

「4年前はホームで自信を持って戦い、いい結果が出た。今回はアウェーで1勝したのが収穫だが、世界との差はまだある。アジア全体で努力しないといけない」。Jリーグの京都からオランダ、イングランドと活躍の場を移してきた朴智星は悔しさを飲み込んで、流ちょうな日本語で今後の奮起を誓った。

まず第一には、アジア代表各国の中で最も希望的な経緯で戦ってきていた韓国が敗退したことでアジア勢が予選で全滅となり、「アジア弱し」が世界中に印象付けられたであろうことが悔しい。
第二に、日本主体の損得勘定もちょっと書けば、おそらく次のW杯ではアジア枠が減らされるのではないか、という懸念がある。ただでさえ、あの進境著しいオーストラリアがアジア枠に加わってくることで、日本(や韓国・イランなど)の優位性は大きく揺らぐというのに、その上絶対数まで減らされることになれば、中でもゴールデンエイジ通過後の日本はとても苦しいことになるだろう。

それから、この記事に関してちょっと細かいことを書けば、最悪の失望のときにわざわざ日本語でインタビューにも答えてくれたという韓国代表の文字通りの中心選手、元・京都パープルサンガの朴智星には敬意を覚えた。
その逸話1つをとってもなんとなく中田や中村と違うようにも見えるのは、1つにはこの大会で韓国代表として充分な戦いはできた、世界と渡り合えた、という充実感をも味わったからでもあるんだろうと思うけど。日本代表に関しては、そういう手応えさえ希薄な、まったく気の毒というほかない大会だったから。
そういう意味では、同じ敗退でもなお、韓国代表がちょっとうらやましいようでもあるな。(凹
13:51 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Fri.

オシム待望論

オシムならいいよ・・・健康面がちょっと心配だけど、人格・力量に関しては何も文句はない。
「ポスト・ジーコにオシム氏有力」
個人的にはしつこいほどに「ベンゲル・ベンゲル・ベンゲ・・・」と連呼してきた経緯はあるけど、最近のベンゲルの様子を見ていると、現実として彼が日本代表監督を引き受けそうな気配はほとんどない。
オシムなら、見ようによっては彼と比肩するほどの名監督であることに間違いはないわけだし、これ以上こだわっていてもしょうがないことだと思う。

ベンゲル就任ということに関していえば、前回、ジーコの馬鹿を選んだときが、唯一絶対のチャンスだった。なぜなら、ベンゲルは日本におけるゴールデンエイジがドイツ大会でピークの時期を迎えることを知っていたし、その後の世代にはそこまでのスケールの選手が日本にはさほどいないことを知っていたし、母国フランスがすでにフランス大会で初優勝を遂げてしまっていたことで1つの目標を見失っている時期でもあったはずだから。
あのときに、「ジーコでもいいのだが・・・」なんてノリじゃなく、「あなたしかいない」という迫力をもって迫っていれば、ベンゲル就任の目はあったと僕は思っている。前監督のトルシエも、もとはといえばベンゲルの紹介だったわけだから、トルシエ→ベンゲル、という逆の流れでトルシエにとりなしを依頼することだって可能だったかもしれない。
でも、今は、もうダメだと思う。なぜなら、彼は日本におけるゴールデンエイジがその経歴のピークを越し、今後は日本代表のチーム作りをそれよりもポテンシャル的には下の世代で補わなければならなくなることを知っているから。日韓W杯でのベスト16という成績を、他国開催の大会で収めようとすることが、今後は非常に厳しくなることを知ってしまっているから。

ジーコと川淵の馬鹿コンビは、日本サッカーにおける最良のときをむざむざと浪費した。でもそれは、もう逆立ちしたって取り返しの付かないことだ。
その後を、気の毒だけどいわば尻拭いして、日本サッカーのリスタートの時期を作っていくうえでは、オシムというのはもったいなすぎるほどに偉大な監督だ。
もし彼が本当に引き受けてくれそうなのなら、いっとき一部で名前の出ていたエメ・ジャケなんかに目もくれちゃいけない。彼一本に絞って押し切らなきゃいけない。
なおかつ、彼が就任した後はイェスマンになりきって、いっさいを委ね切らなければいけない。ここ数年の経緯を見ている限り、日本サッカー協会の上層部には、彼のようなレベルの監督に意見していいほどの知性の主は1人もいないようだから。
14:40 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Wed.

サッカー・日本代表論2篇に学ぶ

この日本人ライターの、あたかももう日本は終戦したとばかりの立脚点にはちょっとばかり疑問が残る(インタビュー相手のフランス人記者の立場ならそれも無理はないが)けど、内容的には示唆されるところの多い文章。
「戦いの地で聞いた『2010年への忠告』」
最終的に、決定力不足が問題になるという結論の部分には大きな違いはないわけだけど、そこに至るサッカーという競技への洞察の深さは、このインタビューにおける語り手であるフランス人記者の独自のものだと思う。

そして、彼もまた多くの日本人観戦者と同様に、そして僕自身とも同様に、ジーコ監督の采配の問題に言及している。その部分だけを以下に引用させてもらうことにする。

「日本は監督の選出において間違ってはいけない。スーパースターが、そのまま名将ではないことを肝に銘じることだ」
 ジーコは失敗を犯したと、マシュノーは言う。
 ジーコがどれほど日本人に愛され、日本のサッカーに貢献したことか。そのことを話すと、彼は「もちろん、それは知っている」と言った。
「彼が素晴らしい選手であり、日本人が尊敬する人物であることは分かっている。しかし、2002年に韓国を4位にし、今大会でオーストラリアを躍進させたのは明らかにヒディングという監督の力だよ。戦術に長け、日本という個性を見極め、それをピッチで指揮する監督が、日本には絶対に必要だ」
 その監督はどこにいるのか。マシュノーは、「必要な監督はフォワードと違い、探し出すことができる」と言い切った。
「私なら、日本サッカー協会にフランス人のデ・シャンを推薦するよ。富豪であるデ・シャンには、もう“お金”は必要ない。とてもクリーンな人物だ。それに、彼はトルシエとは正反対で沈着冷静。正義感にあふれた性格だよ。日本が良いリ・スタートを切り、新たな力でワールドカップを目指すことを望んでいるよ。そうさ、南アフリカでもまた会おう!」

個人的には、ついこの間まで現役選手だったデシャン(別人だったりしてね?)が監督として本当に優秀かどうかは眉にツバだけど、たとえばベンゲルなら、この期待に絶対に応えることができるのは間違いない。
このフランス人記者には好まれていないようだけど、トルシエだってジーコに比べれば月とスッポンという程度には優秀な監督だ・・・ダバディ抜きのトルシエは僕はあまり見たくないけど、純・能力論的にはそうだ。
とりあえず、無能を支持し続けることでゴールデンエイジを地獄の淵に突き落とした川淵・元チェアマンには早々に表舞台を去ってもらい、その上で異論の余地なく優秀な監督を招く、という手順で日本代表の再生を図ってもらいたい。


なるほど。と思いました。
荻島弘一コラム- 2006年ドイツW杯「一番悔しいのは柳沢なんだ」

 技術的な問題や、精神的な面など、いろいろ言われているけれど、結果として入らなかったことは事実。「しっかり蹴れ」とか「もっと落ち着け」とか周囲は言うけれど、代表のエースとして活躍してきた横浜FCのカズは違った。「こぼれ球を狙ったんだよ。体勢がそうだもん」。加地が打ったシュートの跳ね返りを狙っていたら、いきなり自分の前に来た。それで反応が遅れたというのだ。

 ビデオで見返すと、確かに加地はゴールを見ながら右足を振り抜いている。その動きを見ていた柳沢は、相手GKを目掛けて詰めている。はじいたボールを押し込むためだ。仮にクロスに合わせるなら、体は右側に開いているはずだが、そうではなかった。加地の「シュート」はミスキックとなって一直線で自分に。慌てたとしてもおかしくないし「突然ボールが来た」と思っても不思議ではない。

ライターの方も後に文中で指摘している通り、「それでもやはり、決めなければいけない」し、当然ながら柳沢本人もそう言っているわけだけど。
外した理由の一端が見えた記事ではありました。三浦もまあ、個人的にあまり好きじゃないけど(ボソ)やっぱり百戦錬磨のプレイヤーだね。僕みたいな素人には見ようにも見えないものを、さすがにちゃんと見ている。
01:48 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Tue.

ジーコの無能をごく感情的に非難する

無為無策では策士には勝てない、ということをさらけ出したね。サッカーの貧乏神様。
4年前、「ジーコじゃ無理だ!」という絶望の叫び(←事実)からスタートした僕にとってのドイツW杯は、最低最悪の開幕戦となりました。準備も采配も、本当にヘタクソだね、あのメッキの剥げ落ちた貧乏神は。

そもそも、ドイツ入り後に練習を全面公開でやってきたというのからして、言い訳の余地のない大失敗だと思う。セットプレー対策なんかは、相手が「知らない」ことがスタートラインなのであって、その前提を自ら覆してしまえば、もうそこにはなんの優位性も残らないわけだから。
それでもなお、あの愚かな耄碌ジーコは「平常心で臨む」ことの大切さか何かを説こうとするのかもしれないけど、それは老いらくの戯言というべき根本的な誤り。平常心というものがどこから生まれるのかといえば、それは「やるべき準備をやっているという安心感」から来るものなんであって、「セットプレーの練習まで公開でやってしまって、これで大丈夫か?」という不安がいささかでも脳裏をよぎる選手が、1人でも2人でも出てしまったら、練習の公開は平常心の維持という目的とは逆行する結果を招いてしまう。

練習を非公開にすることで緊張感が過剰に高まる危険性は確かにあるけども、少なくとも戦術の秘密を守るという目的はほぼ確実に達成できるのに対して、練習を公開し続けることのメリットはほとんどその成果が見込めず、ただリスクだけがある。
あそこまで頭の悪い人では、誰にお説教されたところで飲み込むだけのキャパも脳内にないのかもしれないけど、でもだとしたら、彼を選んで支持し続けた川淵という人の責任はどうなるんだろうね?
てっきり、今ごろはホテルの自室に引き取って鮮血の中に突っ伏してる頃合かと思ったら、のうのうとテレビでくっちゃべってるのには心底ビックリした。まあ、3戦が終わってから、ってことですかな、敗軍の総大将よ。
お腹を切るのは痛くてイヤなら、しょうがないからせめて辞表だけは書こうね。「キャプテン」なんて気取った名乗りはもういい加減にやめてさ。


試合の戦術面に関していえば、中盤を支配しつつ戦うことを志向したはずのこの代表チームが、サッカー二流国のオーストラリアにほとんど押されっぱなしに押されていた、という時点ですでにこの4年間の意味を疑わざるを得なかったとこだけど、それはまあいい。ほかにいうべきことが腐るほどあるし、オーストラリア自体に素晴らしい勢いがあったのも事実だから、この場では目をつぶって、試合中の采配についての言及にとどめることにする。

たとえば後半の、柳沢を下げて小野投入。あれ1つだけで、ジーコの首をハサミでチョキチョキ端っこの方からちょん切りたいほどの憎悪の対象だよ、僕に言わせれば。
小野という選手はたしかにいい選手だけど、途中出場で印象的だったことはここしばらく、絶えてなかったと僕は記憶している。そういう選手を、試合の流れをつかめない中で、なぜわざわざ投入したのか。しかも、ただでさえ試合途中から流れに乗るのが下手な選手を入れるというのに、なぜそれと同時にFWを1人減らすという戦術的変更まで行う形での交代にしてしまったのか。ジーコでは脳力的に無理だろうけど、誰か説明できるもんなら2000字くらいで説明してみてほしい。
あの時間帯、僕が強く期待した名前は2つあって、それは小笠原と大黒。そして、戦術的に1トップにしつつ途中出場でのインパクトある動きを期待するなら、出てくる人間は小野ではなく、100%確実に、小笠原でなければならなかった。

ただそもそも、「戦術的な変更を伴う」必要が果たしてあったのか、というところにも僕はすでに深刻な疑問を感じている。今日の高原は、お世辞にも動きがいいとはいいがたく、あの状態の高原を前線で1トップとしようという神経が、僕には正直なところ想像だにできない。決定力のなさという意味ではこの日の高原は柳沢とどっこいで、動きの質自体は柳沢より下回っていたから、僕ならこの交代はそもそも選ばなかっただろう。高原、柳沢の2トップは、お世辞にも動きがいいとはいえなかったとはいえ、まだしばらくそのまま引っ張るべき時間帯だったと僕は思う。
むしろ深刻だったのは中村のスタミナ切れの方であって、僕ならごくごくシンプルに、中村を下げて小笠原、という決断をしていた。「柳沢を下げる」「小野を入れる」「システムを変える」という貧乏神の3つの決断(に基づく、1つの交代)は、すべて根本的に間違っていたと僕は思う。


そうして、この日の貧乏神采配に止めを刺したのが、ロスタイム突入前後での大黒の投入だ。
大黒という名前自体は、僕自身も待ち望んでいたものではあったけど、丸々5分か、あるいはそれ以上、あの貧乏神は遅すぎた。結果は如実に出た、というのは、大黒はファーストタッチから焦りに焦りぬき、ボールに触ってはミス、空回り、という繰り返しの中で3分間の持ち時間を使い果たしてしまったからだ。
それは、大黒が悪かったのか?いや、悪いのはあの貧乏神だ。サッカー音痴のジーコ監督さんが悪いのだ、と僕は思う。

存在を消したいほどの酷い試合だったとはいえ、たった1つの致命的ミスを除いては神がかり的だった川口、終始安定していた宮本・中沢、ボランチの福西、それに徹底マークの中でそれなりのパフォーマンスを維持した中村・中田、といったあたりはそれなりの仕事は果たしていたと思う。中には、これ以上は無理だろう、と思うくらい働いていた名前もある。
そんな試合が、なぜあんな体たらくに終わったか。それは不運だったからもあるかもしれないが、それだけではない。
サッカーの監督というものは、野球とは違って往々にして選手以上の高給取りだけど、それはそれだけの貢献と責任とが実際にあるからだ。ヒディンクは、やるべきことをやって、結果を出した。対するジーコはどうだ?あるいは、そのジーコをことさらに擁護し、反対意見を圧殺し続けた川淵さんという人は?


とはいえ、僕にはかすかな期待があった。
それは、ジーコが一種の幸運を持っているタイプの人かもしれない、という点。アジアカップでのジーコ、W杯予選でのジーコは、肝心なところでツイていた。ご本人は監督としての力量のつもりだったかもしれないが、笑わせちゃいけない。尋常じゃないほどツイていたのだ。
その幸運ぶりが、あるいはご本尊の極端な無能さをW杯という最高の舞台にあってもなお補って、日本を勝たせてくれるかもしれない、そうだとすれば、もし本当にそれが現実になるのだとすれば、僕のような理屈屋さんは口をつぐむよりほかはない、という期待が、僕にさえもあった。
逆にいえば、もしそれがないのなら、彼ジーコはまったく何のトリエもない老耄したご神体でしかない、という思いがあった。

どうやら今日、わずか1戦にして、その結果は8割方、見えてしまった。彼ジーコは、稀代の幸運家ではなく、ただの老耄したご神体である、という結果が。
残り2戦、日本は奇跡を信じて戦うよりほかはないわけだけど、そういう気持ちさえ萎えさせるほどの、支離滅裂の采配ぶりではあった。彼が急死してくれたら、誰かが急遽采配を取るだろうから、ここまで酷いことはもう見ないで済むのに。
選手たちを応援する気持ち、奇跡を信じたい気持ちではそうそう誰にも引けは取らないと思うだけに、頭脳を獅子身中の虫のような暗愚者にゆだねたまま戦わなければならない現実が、歯噛みするほどに悔しい。


不世出のゴールデンエイジが経歴のピークを迎えた、この2006年代表を、不世出の凡将が率いるという、この巡り合わせの残酷。
この世の何が嫌いといって、僕は無能が上に立っている風景ほど嫌いなものはない。
八つ裂きにしていいものなら、あのアラヒトガミを八つ裂きにしてやりたい。
01:28 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Mon.

sakusakuよさらば

もう無理。と出ました。(占?
やっぱり木村カエラと共に去りぬだなあ、sakusakuも。残念ながら。

新MCの方(←ご本人およびそのファンの方々にはばかって、名前は出さないことにした。珍しく)にも、当初はとても好感は持ったんだけど、好感度だけでは番組ってものは成り立たない。
共にMCを勤める「黒幕さん」(ミスターsakusakuともいうべき固定MC。番組上では「ヴィンセント」という名前のイカれたパペットとして登場)のえげつない毒やキワドイ物言いに、就任後2,3ヶ月経っても正直に驚いてしまう。切り返しや揺さぶり返しみたいな、話題を一方通行にさせない引き出しが一向に出てこない、という状況に、正直、すっかり飽きてしまった。
決して頭が悪いとは思わないけど、今現在のあの人には何かが欠けていると思う。しかもここ最近は、そこに安住しつつあると思う。
それじゃ、ダメなんだよ。つまり、少なくとも、僕にとっては。


先代の木村カエラだって、本当に一番魅力があるのはやっぱりsakusakuのMCをしている(た)ときで、ほかの番組で見かけると、まだ多少の「力み」みたいなものを個人的には感じる。
でも、肝心かなめのsakusakuの中では、彼女は極限まで自然体で、だからこそ個性の面白い部分がどんどん出てきて、メインMC2人の兼ね合いがほとんどすべてを決してしまう難しい番組を、サブキャラのメンバーチェンジさえろくにしないまま、3年間にわたって切り盛りできたんだ。

木村カエラとヴィンセント(黒幕)そうして、あの番組の中の彼女を知っている僕や大部分のサクサカーたちは、よしんば今のsakusaku外での木村カエラにまだ多少の不足を感じる部分があったとしても、先行きには不安は持っていないはず。
ちゃんと生き残っていくことさえできていれば、遅かれ早かれ、sakusakuで見せていた独特のよさ(今だって決して悪くはないけど、まだまだ本当はあんなもんじゃないんだ・・・と、sakusakuを知らないカエラファンには言っておきたいところ)を、よそでもそのまま発揮できるようになっていくんだろうという期待を持っているはず。
そして、そういう持ち前の柔軟性は、彼女のいちばんやりたいことであるらしい歌の分野でも、静かに大きく役立っていくはずだろう、と僕などは思う。
そういうよさが、今現在の新MCの方には、残念ながらまだないし、そういうものを探し当てようとする意識の高さも、残念ながら感じない。今のところ。

代わりに、上乗せすることで補おうとしてしまってる、と感じる。無理なんか、しなくていいのに。素材を磨いて磨いて、裸のまま押し出せるようになっていってくれれば。
このままじゃどんどん厚着して、何がなんだかわからなくなっていきそうで、見てられない。ぐうぜんハマって面白いときはいいにしても、そうじゃないときは無理ばかり感じてしまって、あれじゃそうそう何年もは持たないよ、MCの座も番組そのものも。
そんな状態なのに、MC就任当初は見えていた「模索」の姿勢や形跡が、たかだか2,3ヶ月のうちに、もう見えなくなりつつある、と僕は感じる。だから、今後への期待さえ持てなくなってきて、見るのをやめることにした。


人選ミスかといったら、必ずしもそうではない、と思わせる程度の魅力はもともと持っている人だと思う。新MCも。
むしろ、これなら化けるんじゃないか、今はダメでもそのうちに、というような期待感はずっとあった。先代の木村カエラとは裏表ほども違うキャラクターだということも、むしろプラスに働くのではないかと期待した。木村カエラが去って、「小カエラ」みたいなのが来たら困るな、ということは最初から思っていたから。(笑)
でも、今は、ぜんぜん先行きが見えてこない。努力はもちろん、本人なりにしてるんだろうけど、その努力の方向が、どうも僕なんかが期待感を持てる方向と根本的に違ってしまってるような気配。

木村カエラの真似なんかする必要はもちろんまったくないけど、過去の番組の映像を見たりするよりむしろ口頭で、黒幕さんなんかにいろいろレクチャーしてもらったらいいのに、と思う。
それから、お笑い番組とかあまり見てない人のような感じがして仕方のない面がある(切り返しが極端に下手とか、そもそもトークの中に切り返しという概念自体を持ってないんじゃあるまいかとか、そういう意味で)から、今すぐにでも、録画してでも、たとえばダウンタウンDXなんかのベタベタなトーク主体型お笑い番組を見る習慣を付けた方がよいと思う。生き残るつもりなら。
まあ、ご本人にその気がなければ、もちろんこんなのは極限の「余計なお世話」で、それこそどうでもいい話、ってことになるけど。でも、このsakusakuMCこそが、彼女にとっての天王山だろうと思うよ、僕は。(笑)よそにどんな番組を抱えていようと、ここだけは落としてはいけない掌中の珠だと思う。
そのことに万一、気づいていないのだとしたら、それは本当に愚かだと思う。


とにかく僕は、先週月曜日からこっち、サクサカー卒業しました。ということで。
いい空気を持っていた(る?)番組だけに、とても残念に思っている。
01:15 | 雑談・座談 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sat.

ガニエの完全復活を切に願う

復活してほしいです、普通に。完全復活して、わがマリナーズにだけはパカスカ打たれてほしい。(何
「右ひじ痛のガニエ、大事には至らず」
この人は20代後半の大男のひげダルマで、160kmに迫る剛速球が武器の超・パワーピッチャーで、ロサンジェルス・ドジャースのリリーフエースなのだけど。
最近ずっと故障していて、復帰したもののやっと久方ぶりのセーブを記録したマウンドでにわかに肘を押さえて苦しみだしたりと、まだまだ前途多難な様子なのです。

もともと、ガニエはドジャースの無能な先発ピッチャーだった。
あたら球威とスピードがあって、でもコントロールはあまりよくなく、先発したからといって試合の中盤まで剛速球を投げ続けるような怪物的なスタミナがあるわけでもなく、勝ったり負けたりの繰り返しで。成長の気配すらほとんどなかった。
でも、当時のチームのリリーフエースが故障だか不調だかに陥ったとき、監督が何を思ったか、先発投手のガニエをにわかにリリーフに回したんだよね。
果たして監督が、その機会に彼を積極的にリリーフに転向させるつもりだったのか、試すだけ試して、ダメならこのままガニエとはおさらばだ、という程度の気持ちだったのかはよくわからない。

ただ、ダメ先発投手のガニエは、そこで結果を出した。それも異常なまでの。
先発投手としてはついに最後まで使い切れなかった持ち前の剛速球は、1,2回をパーフェクトピッチングする上では常に極端な威力を発揮した。そして、ついには輝かしい記録の中の住人として名を連ね、その後もさらに輝かしい経歴を積み重ねつつあった。
僕は投打を問わず、メジャーの大型選手にはどちらかというと冷たくて、大雑把で傲慢な選手が多い、と感じてる。ボンズもマグワイアもクレメンスも嫌い。でも、このガニエには、バカみたいなパワーピッチャーでありながら、そういう嫌味をなぜだかほとんど感じない。
大記録を立てるなら立てればいいし、リリーフエースとして大いに君臨していてくれればよかった。マリナーズ戦以外では。(←重要

面白いピッチャーなんだよ、本当に。
復活してほしいな。本当の意味で。
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Sat.

亀田大毅リサイタルの反響の件

やはりか。やはりそうか。(笑)
「プロデビューから4連勝を果たしたボクシングの亀田大毅。恒例となったKO勝利後の歌のパフォーマンス。次はどんな曲を歌ってほしい?」
ヤフーのアンケートより。
別に大毅がことさらにキライなわけではないと思うんだよ、この81%(2:09現在)の「歌わないでほしい」層の大半は。僕自身も含めて。

きゃつはたしかに、ご本人の言うとおり、あの兄弟の中でもあまり賢いタイプではないけど、その反面、驚くほどにピュアで真っ正直な、彼独自の「よさ」みたいなものを持っていて、そして何より、ボクシングに対して真剣。しかも、妙にいい絵を描く。
魅力は充分、持っている男なのです。べつに取り立ててファンというわけでもなければ義理もない僕みたいな立場から見ても。
ただ、あの無駄に過剰なガン付け癖(特に、試合前の会見なんかはともかく、相手が打たれて弱ってきたころにことさらに睨むのはやめた方がいい。あれは、小さく見えるよ。大毅君)と、そしてこの歌のパフォーマンスだけは、どうにも勘弁、と思う。

あの、だいたひかる言うところの「ジャイアンのリサイタルのようなもの」は、折をみて何か別のパフォーマンスにすり替えてしまった方がいいと思う。「いつもなら歌歌うとこやけど、今日はこれでいくで」とか何とか、いつもの勢いで押し切れば、わりとカッコよくスイッチできてしまうのではないかと思う。
「別のパフォーマンスって、どんな?」とか訊かれたらこっちも正直、ノープランだけど。(笑)
でも、何かあると思うんだけどなあ・・・。
ああ、あと、そろそろ入場のコスプレ(弁慶)も「キャラは定着したから、もういい」ってことで卒業して、今後はあの大振りな数珠だけをトレードマークにするとか、そういう切り替えは考えてもいい。
その方が絶対にカッコいいから。

注文がやたら多いけど、なんだかんだいいつつも応援している選手です。
念のため。(汗
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