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Sat.

恥ずかしい裁判沙汰がもう1つ

これもまずいなあ・・・。
「『日本政府、メディアは私の名誉を回復して』 アルカイダ関与が疑われて拘留43日 バングラデシュ人が訴え」
どうやら訴訟には勝ちつつあって、ところどころからスズメの涙ほどの賠償金を取ることはできそうな雲行きみたいだけど、逮捕前のこの人はかなり事業が成功して年商12億とかまで来ていたというから、それをメチャクチャにしてしまった代償としては、200万や300万の賠償金というのは本当に救いにもならない。

生まれも育ちも日本、の日本人容疑者に対しては、かつてより多少は冤罪の可能性を踏まえた報道も目に付くようになっているように思うけど、今回のケースでは報道の対象が中東出身アラブ系(※)で、しかも時勢がらイスラムのテロリストに対する世論の不安も高まっている、っていった条件下で、そのあたりの価値基準が完全に麻痺していたとしか思えない。
それも、他社が報じた内容をそのままに踏襲して、伝言ゲームみたいなレベルの報道の連鎖が起きていたのじゃないか、と思われるようなフシもあって、とにかく恥ずかしい。

僕が記者や編集者だったとしたって、このエアポケットには落ちたかもしれない、とは正直思う。日本人の弱みというか、盲点になりがちな部分・・・無意識の島国根性のようなもの。
でも、現に1人の日本定住を選んで成功した外国人が、経済的にも社会的にも破滅させられてしまった今、そんなことは言い訳にもならない。
きょう判決のあった裁判では、日本テレビに1100万円の賠償を求めてて、結果は勝訴したとはいえ判決ではたかだか220万の支払いってことにされてしまったそうだけど、これは本当は、1100万円丸々取れても多分ぜんぜん足りない、稀有なほどに救いがたく愚かな事例であって。

裁判所はこの件の特異性ってことを相当に考えなきゃいけないのじゃないかと思うよ。
日本人として、肩身が狭い思いがする。



※アルカイダと疑われたってことからてっきり中東出身アラブ系、という先入観で見てたけど、考えてみたらバングラデシュって中東でもアラブ系でもない・・・。(沈)僕まで騙されたよ。
宗教はイスラムだから、まあ近いといや近いとこもあるんだろうけど。基本的に南アジアの範疇だね、インドの右肩だし。
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04:08 | 時事・社会 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sat.

医学部に体力が必要なら、入試科目に体育を加えろというのだ

これはちょっとおかしいんじゃないか?
「『高齢』で?群馬大医学部不合格、主婦の入学請求棄却」
医大を受験し、得点開示請求では合格水準を10点以上上回っていた50代の主婦が、面接で落第を告げられて起こした訴訟なんだけど。

面接でハネられたとなると、すべてがブラックボックスの中の出来事のようになってしまって、司法サイドとしても判断が微妙になるのは当然なこと。ただそれを踏まえても、大学側が「医師には知力・体力・気力が必要」と説明していたことをもって、年齡差別ではない、だから落第という評価を妥当と認める、という前橋地裁の裁定にはどうも違和感を覚える。
そもそも、本当に体力的な水準を求めるなら、運動能力テストを入試科目に追加でもすればいい。受け付けるだけ受け付けて、手付け金を支払わせ、懸命に準備させ、合格水準を満たさせて、しかる後に面接で受けた漠たる「体力不足」な印象をもって落第、というのが、どうして妥当な決定になりうる?
前橋地裁の裁判長には、この点に関して明白な主張が果たしてあるんだろうか。

しかも痛々しいことに、この裁判で原告が求めてるのは「入学許可」であって賠償じゃない。
それでもなおかつ敗訴というのは、これはあるいは大学側との間に裏取り引きでもあったんじゃないか、と勘ぐりたくなってしまうよ、・・・松丸伸一郎裁判長。(コソ
04:01 | 時事・社会 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Wed.

多摩センターのとある屠殺獣医

この件に関して、個人的に接したさる事例から、事実である可能性が非常に高いという心証を得ました。
「多摩センターにある動物病院の被害報告」
「多摩センター動物被害者の会」
注目してほしいと思うし、もし万一、自分や知人のペットがこの獣医の世話になってるなんて可能性があるなら、即座に反応を起こすべきだと思う。

この病院は駅のすぐそばにあり、病院自体の名前もそういった地の利を強調する(というかごくそのまんまの)名称であり、病院の規模もどうやら比較的大きく、入院設備や宿泊設備なんかも整っていることから、一見これ以上ないほど安心な病院のような印象を与えているらしきフシがある。そのために、問題が大きくなっていても次から次への被害者が引きも切らずにやってきてしまう、という条件下にある、ように思える。
1つめのリンク先サイト掲載の動画での、その獣医のしゃべる内容や語調の手ひどさを見れば、間違っても引っかからないんだろうと思うけどね。しかし実際は、報じられても報じられても、吸い寄せられるようにして被害者は出ているらしき様子です。

なにも裁判に直接参加まではしなくても、とにもかくにも、殺戮の危機に瀕してるご自分のペットを引き取って、被害から免れさせてやってほしいと切に思う。
04:06 | 時事・社会 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Tue.

ルミナリエの発展的な終わりを願う

祈りを込める人たちを思えば複雑ではあるけど、規模縮小や幕引きも視野に入れるべきだと思う。
「鎮魂祈る『ルミナリエ』に黄信号―神戸」

あからさまにいえば、ライトアップという手法自体の前近代性、ということがどうにも気にかかる。
灯篭送りとかとはワケが違う。膨大な電気を消費して、果たしてそれがまっすぐな追悼の思いの発露ってことになるのか。
あまりにも華美だ、というのが率直な印象で、そして遠慮なくいえば、あまり美的な質が高くないと思う。ルミナリエに限らず、この手の電飾の「美」は。

神戸の街がまだまだ復興途上だったころ、あの過剰なくらいの電飾の美は、見る人を力づけたのかもしれない。その場に居合わせて、いろいろなものを失い、神戸の街の壊滅を目の当たりにした人でなければわからないほど切実に、それは希望の火だったのかもしれない。
でも、その時期は、震災後12年目を迎えて、そろそろ過ぎ去りつつあるのではないか、とまったく部外者の関東モンながらも(?)僕は想像する。もう、そろそろだろう、と思う。

今年は、僕の間違いでなければ12年目のルミナリエということになるわけだから、こういう節目の年をうまく利用して、発展的解消の道を探ることはできないものだろうか。最後のルミナリエです、ということになれば、伸び悩んでいる寄付だってきっと例年以上に集まるだろうし、人も来る。
その後は、ごくありふれた例でいうなら、もっと固定的なモニュメントなどに形を変えて、鎮魂と復興への思いを残していく、という方向性を模索すべきときなのじゃないかと僕は思う。
04:08 | 時事・社会 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Tue.

モグリの先生

面白い。(笑)
「無資格の臨時教員、横浜・山手学院で11か月授業」

 横浜市栄区の中高一貫校、私立山手学院中学・高校(篠崎孝子校長)で教員免許を持っていない男性(37)が臨時教員として、計11か月間、数学の授業をしていたことが23日、わかった。

 神奈川県は、教育職員免許法違反にあたるとして、調査している。

 同校によると、男性は同市内で個人塾を経営しており、2004年4月、同校教師の紹介で臨時教員に採用され、約3週間数学を教えた。この後、今年7月までの間、教師の産休や休職のたびに断続的に採用され、計11か月間、中学と高校で数学を担当した。

最初の採用のときは、短期間の代用教員だったってこともあって、教員免許については面接のとき口頭で確認しただけで通しちゃったんだとさ。
そして、今回なぜそれが発覚したかといえば、学校側が彼を正式採用するために教員免許の提出を求めたから。当初、彼は提出を拒んだものの、やがて「実は持っていない」と告白し、そして辞職したんだとか。
山手学院っていうのはたしかそれなりの進学校だったはずだから、そこで正式採用を検討されたってことは、なんらかの意味で有能だったってことだろうね。

こういうのは本当に面白い。
このシステム化が進みすぎた現代社会で、するするっとシステムの網をかいくぐり、しかも実質的にはなんら悪いことはしていない、という痛快さ。
たぶん教員をやめて学習塾に戻ったってことなんだろうと思うから、警察もコソッと厳重注意くらいして、後はそっとしといてほしいなあ。
03:57 | 時事・社会 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Fri.

カワズ君の転落と民放各局女子アナ論

テレ朝の「くるくるドカン」という番組、面白くてけっこう頻繁に見ていたけど、先週からリニューアルして「カワズ君の検索生活」というタイトルに変わった。
で、どうなったか。
先日、初回の放送を見たところ、メインのタレント陣はほぼ同じメンバーが残留しているにも関わらず、カビが生えたようにつまらない番組に成り果てていた。
どうしてこういうことをするんだろう、テレ朝のお偉方?こんなゴミみたいな番組にしてしまうくらいなら、きれいに終わらせてしまった方がよっぽどマシだ。
個人的に、この件ではテレ朝への採点をけっこう大きく下げました。

民放各局の採点ってことに関していえば、バラエティ好きの僕はフジテレビが好き。総合格闘技「プライド」の放送停止では心底ガッカリしたけど、全体に他局より質は高いように感じる。
特に、女子アナ云々・・・ってことをいい始めてしまうと反発を感じる向きも多いんだろうと思うけど、でもあれだけ視聴者を引っ張れる顔を次から次へと送り出す「プロ野球ニュース」~「すぽると!」あたりの編集陣は、やっぱり特殊な才能の持ち主たちなんだろうと思うよ。アナウンス技能の優劣についての議論はともかく、人を引っ張る才能って意味においてはみんなそろって質が高い。
ただなぜか、フジテレビは男性アナウンサーの質ではからきし平凡で、僕が気持ちよく見られる程度の人は有名な三宅さんをはじめとする数名でしかなかったりもするけど。
「ネプリーグ」とかに出演してるのを見てると、教養ないんだもんなあ、どいつもこいつも・・・。(ブツブツ

まあ、男性アナなんかはこの際どうでもいい話が混乱するからひとまずおいておくとして、民放各局の女子アナ論を続ける。
「カワズ君」で大失敗をやらかした愚かなテレ朝にだって、「銭金」でネプチューンのアシスタントをやってる前田さんとか、夕方の小宮悦子メインのニュースでサブキャスターをやらされてる松尾さん(これまでに見かけた範囲では小宮さんよりよほど優秀に見えて仕方ない)とかはとても優秀と思うけど、フジテレビのようには粒がそろわないんだよね・・・というより、もっと遠慮ないことをいってしまえば、僕が「この人は大丈夫だな、きっと出てくるな」と直感したような人たちが必ずしも表舞台で重用されてない、という印象がある。
そこをいくと、フジテレビはその逆で、僕が第一印象で「だ、大丈夫か?」と思ったような怪しげな人でも、数ヶ月すると必ず抜擢に応えて素質のあるところを証明してみせる、という人事の魔法のような現象が当たり前のように起きてるんだよね、ここ数年。
ああいうのには惚れ惚れする。

なのでテレ朝は、そういう部分ではまったくフジテレビに太刀打ちできてないように僕には思えます。
とはいえそのテレ朝だって、僕の個人的民放ランキングの2位につけているので、他の各局に至ってはそのへんの事情はもはや押して知るべし、って話になってしまうわけですが。
カワズ君番組の改悪を怒っていたはずが、なんでにわかに女子アナ論を語りだしてしまったのか、自分でも理解に苦しみつつも、今日はこのへんでひとまず筆を置きます。
03:59 | 雑談・座談 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Wed.

古畑SMAPスペシャルのオチはちょっと厳しい

録画しておいた古畑任三郎のSMAPスペシャルを見た。
懸案の(?)スマップはそれなりにがんばっていたものの、脚本としては平均弱くらいの出来だったかな。
以下、ネタバレ含む・・・ネタバレを含む内容っていうのはつまり、「犯人に泥を吐かせる上での、肝心かなめの最後の決定打に、致命的な欠陥がある」という点だけど。
たぶん、今回の再放送であの作品を見た人なら、僕がこれから書くことの意味はすんなりわかるんじゃないかと思う。

古畑さんは犯人が、「被害者の作っていた紙の雪が三角ではなく四角だったと知っているはずがない」ことを根拠に、犯人の失言を追及するわけだけど、あれは実はごく簡単に言い逃れができてしまうんだよね。
あのシーンで犯人がもし「ああ、それはスタッフから聞いたんスよ。『死人の悪口は言いたくないけど、最後に作っていた紙の雪も、あんなに三角にと言ってあったのに四角く切っちゃってて、・・・最後まで仕事に取り組む姿勢は変わらなかったねえ』って。誰から聞いたんだったかな、通りすがりに小耳に挟んだだけだから、ちょっと忘れちゃいました」とでも言ったらどうするんだろう。
その瞬間に、たぶん犯人は証拠不十分で不起訴決定だよ。

刑事ドラマは鑑賞して楽しめればそれでいい、という考え方もあると思うけど、本当に上質な刑事ドラマなら、少なくともドラマの成立している箱庭的な世界観の範囲内では、完璧じゃなきゃダメだと思う。
だいたい、僕はドラマを見ていてリアルタイムでその問題に思い至ったから、ドラマの箱庭の中でさえも居心地が悪いままクライマックスシーンを迎えなきゃならなかったし。
古畑ドラマでいえば、津川雅彦演じる老作家がメインの回や、名前は忘れたけどビリヤードが得意なバタ臭い顔のイケメン俳優がおヒョイさんを殺害する「ゲームの達人」と題する回、それに古畑引退スペシャル3部作の松島奈々子が二役で登場する回、なんかがそれに当たる。
あのへんはもう、古畑任三郎の秀逸なキャラクター性もあいまって、極上のエンタテイメントなんだけど、このスマップの回は残念ながらその水準には遠かったな。

というわけで。まあなんというか。
『残念でしたァ・・・』©古畑任三郎
01:39 | 雑談・座談 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Fri.

「よろしかったでしょうか」問題について

某所某コミュの「よろしかったでしょうか」トピックでちょっと書き込みをして、なかなかうまくまとまったと思うのでこっちにもコピー&ペースト。

※※※※※


「よろしかったでしょうか」で正しい場合ももちろんあるわけですけど、あくまでも『過去にその旨の確認を一度は取ってある場合の、再確認としての表現』でしょうね。

たとえばランチのセットを頼んだ客に飲み物を選ばせる際、従業員が「お飲み物はコーヒーでよろしいですか?」と訊くとする。そのとき、代わりに「よろしかったでしょうか?」と言うのは日本語としては間違いだと思います。
「コーヒーでよろしかったでしょうか?」といきなり訊かれれば、客としては「よろしかったも何も、私まだ選んでないんですけど・・・」という反応になる。

逆に、客が「じゃあコーヒーで」と発注して、その後店側がいろいろと手間取り、しばらくして待ちわびている客にオーダーの再確認を取る場合。
「お待たせしました。A定食でしたね。お飲み物はコーヒーでよろしかったでしょうか?」
ここでは、「よろしかったでしょうか?」が日本語としては正しく、「よろしいでしょうか?」ではかえって「あの、さっき言ったんですけど・・・」という反射が起きる「可能性も」出てきます。

「可能性も」というのはつまり、客のオーダーがまだ多少流動的だった場合は何も問題がない(むしろ客としてももう一度あらためて選ばせてほしいかもしれない)一方で、オーダーはほぼ確定していて店側が確認に手間取っただけ、というケースでは反発が起きる可能性は高くなる、という程度の意味ですが。

要するに、この2つの表現の使い分けは、単純にその場その場の状況に応じて決まるものと思えばよいのじゃないでしょうか。
そして使い分けの基準は、マナーやルールや好みといった次元の問題ではなく、単に時系列に依存する、のではないかと僕は思っています。
接客の場での「よろしかったでしょうか」が問題になるのは、まさにその時系列を踏み越して、客側の選択に先回りしてしまう点を問題にしているのだろうと思います。
18:46 | 雑談・座談 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Mon.

レスリング浜口京子の見せた「初めての」プライド

さっき真夜中前後に女子レスリングの世界選手権の放送を見てました。
僕が密かに敬意さえ抱き始めている吉田沙保里は、早々と前日に優勝を決めてしまっていて(軽量級だから先なのだよね・・・)見られなかったけど、それと比肩する日本の大チャンピオンの伊調馨は、やっぱりいつも通りに素晴らしかった。

ただ、今日それ以上に特筆したいのは、またぞろ決勝で敗れた浜口について。前々から僕が辛辣なことばかり書いてるレスラーだけど、驚いたことに、かなり成長しつつあるみたいだよ、あの人。・・・今さら。(ボソ
準優勝って結果自体は前回と一緒ってことみたいだし、そこだけを見たら「ああまた例のファザコン浜口が・・・」なんて反射的に思ってしまいそうだけど、なんと!彼女はファザコンを(ほぼ)卒業していた!!
ように僕には見えました。(トーンダウン?

アニマル浜口が横でギャアギャアわめいてても、これまでみたいに無意味にかしこまって聞いてたりしないで、横にいるコーチに何か訊ねたりしてる。
アニマルの方もその露骨な距離感の変化に気づいているようで、これまでほどはズカズカと近づいてって好き放題のことを一方的にまくし立てる、ということができなくなっているようだった。
これは素晴らしくよいことだし、紛れもなく彼女にとっての成長の証。正直、だいぶ見直したよ、あの浜口という選手を。


そうして、でも試合では負けたんだろ?という点に関していえば、彼女は実に素晴らしいコンセントレーションを見せていた。もう顔つきから違っていたよ、父親依存丸出しだった以前の姿とは。
準決勝で最大のライバルを破り、決勝の相手はやや格下と見られていた(といってもヨーロッパチャンピオン)にもかかわらず、その集中力には素晴らしいものがあった。実際、わずかな隙から1ポイントを先取された第1ピリオドでは、そこで動じることなく見事な反撃を見せて3-1の勝利を収め、そして試合は運命の第2ピリオドへ。不幸はそこで起こった。

相手のアホなレスラーは、浜口の鼻に思いっきり頭突きを食らわせてきたんだよね。スローモーションで見ると、もうあからさまな、取って付けたような「頭突き」。といってもまあ、ド素人である僕が見ての判断だから、ひょっとしたらプロフェッショナルなレスラーの方(プロレスラーってことじゃないよ)が見れば「あ、でもそういうことってあるんだよ?」と言うのかも知れないけど。
とにかく、素人目にはわざととしか思えないような一方的な激突ぶりだった。

結局、ジャッジとしては意図的ではないという判断なのか、特に減点さえないまま試合は続行されたけど、浜口は鼻血を出し、その後の動きにやや安定を欠くようになって、ゲームプランが崩れた。
それまでのように相手を見事に制御して、試合をコントロールしていくことはできなくなり、わずかなブレからぽろっぽろっと零れ落ちるようにしてポイントを失い、挽回しようと焦り、第2・第3ピリオドを悪循環のうちに落として、結局は敗戦。

でもそれは、僕にいわせれば、浜口のこれまでの敗戦にはなかった、「応援していた立場として、共に悔しがれる敗戦」でした。負けた姿を見て、「金返せ」と思う敗戦ではなくて。
誇り高い戦いぶりを見たとき、負けたからといって上からツバを吐きかけたくはならないよね?(笑)彼女の今日の決勝での戦いぶりは、途中のアクシデントから乱れを生じたとはいえ、徹頭徹尾、誇り高いものだったと僕は思う。
彼女は終始、自立した一人のレスラーとして戦っていた、ように僕には見えました。


その後、マットを引き上げてから、駆けつけたアニマルに泣いて抱きついたりする光景はまあ相変わらずだったけど、それでもどこか自我はちゃんと保たれているようで、父親との間には明らかにこれまでとは違う、「主従」ではなくて立派に肩を並べて歩くような距離感が保たれていて、決して醜くはなかった。
今のまま、自立の道を歩いてってくれるなら、この人は本当に立派な日本代表でい続けるだろうと思ったよ。ずいぶん遅い『父』離れではあるけど、まだまだあれだけ戦えるんだし、遅すぎるってことはないと思う。

思いがけず、なかなかによいものを見せてもらいました。浜口さんに。
今日は伊調馨さえ見られればいいやくらいに思っていたんだけどねえ。(ボソ
04:33 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
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