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Sat.

鯨肉喰らうべし

毎日新聞より、「くじらバーガー:英国の動物保護団体が非難」とか。例によってヨーロッパ系の動物保護団体連中が騒いでいるようだけど、僕はこの問題に関してはことのほか冷淡です。
クジラ肉、大いに食べればいいでしょう。クジラの個体数の増減を明確な根拠としない、昨今の感情的な捕鯨排斥論は、文化を解さない未開人の言葉として黙殺していい。この件については、この記事なんかも示唆に富んでいて、とても参考になるんじゃないかと思います。

鯨の肉を食べるという文化は、捕鯨制限による鯨肉の希少化によって衰退が著しいから、実のところ僕も食べた記憶がないのだけど。鯨の肉をことさらに食べるな、という主張には、そもそも科学的根拠は何もありません。科学的根拠(種の保全)に基づく制限は、すでに捕鯨諸国もとうに守っているから、今やほとんど議論のネタにはなっていないし。
具体的な検証は、たったいま検索で偶然見つけたこのページの「スーパー・ホエール──海に住む我々の親類」の項に譲ります。クジラの神聖視がどんなところから始まったものかなど、ずいぶん詳しく書かれた論文のようだから、手間が省けてよかった。


リンク先の論文でも取り扱われている鯨の「作られた聖性」の問題は、そのまま欧米人のお好きな牛肉にも当てはめることができるんだよね。具体的にイメージしてもらうとすれば、「仮にこの世がインドなどヒンズー教国家の天下であり、なおかつヒンズー教国家が今日の欧米諸国の過激論客たちのように手前勝手かつ他国の文化に対して偏狭であったらどうなるか」という仮定が一番いい。

いうまでもなく、ヒンズー教においては「牛は聖なる動物」です。もし世界がヒンズー教の天下なら、今日のクジラ教の諸氏のごとく、ヒンズー教を信奉する過激動物保護団体の論客が、「聖なる牛を食べるとは、アメリカやイギリスの連中は野蛮人か!」と吐き捨てることになる。これはもう、当然の成り行きというべきでしょう。そして、その主張の前には、ヨーロッパ諸国が数百年かけて築き上げてきた食文化も何も、ケシクズのように吹っ飛んでしまいかねないということも。
でも果たして、国際社会の文化的パワーバランスという見地から見たときに、そういう風潮は可とすべきなんだろうか?僕には、到底そうは思えません。だから、一部欧米主義者たちのクジラ食排斥運動に対して、唯々諾々と流されることには断じて賛成できない。

日本人が先祖代々築いてきたクジラ食の文化は、すでに根絶の危機にあります。それを、いちファストフード店が、伝統食とは縁もゆかりもないハンバーガーという形で出すということが、果たしてクジラ食の文化の再興につながりうるのかどうかとなると、それはわからない。けれども、こんな形であっても、クジラ食ということに対する現代日本人の意識を高めるという意味はある、と考えます。
アフリカのサバンナでは、日々何百も何千も、ひょっとしたら何万ものシマウマやらインパラやらが、生きながら食われて死んでいきます。果たして、その自然本来の光景は、クジラ漁と比べたときに、クジラ教の狂信者たちがいうほどに残虐でないといえるでしょうか?

またたとえば、中国人は犬(チャウチャウ犬)を食べる、という話がある。僕は子供のころからの犬好きであって、そのことを思うと胸が痛むし、たとえ中国にいって機会があったとしても、犬料理を食べてみたいとは思わない。いや、たとえ好奇心に負けて食べてみたとしても、胸の痛みはそれとは別に拭いがたく残るでしょう。けれどもそのことさえも、僕は基本的に、自分自身の主義ないし趣味嗜好の範疇にあるものとして飲み込まざるを得ないと思う。


欧米人や日本人は、ヒンズー教徒が聖なる動物だとする牛を屠殺しては食い散らかし、食べ残し、平気で捨てる。でもその牛たちは、屠殺場に連れて行かれる日には、普段との様子の違いを敏感に察して落ち着かずに動き回るのだという。クジラ教の狂信者諸氏は、その牛を神聖視するヒンズー教徒を笑えますか。あるいは、イスラム教の一部過激テロリストたちが、「汚れた豚を食うような欧米人などは殺されて当然だ」というときに、彼らは何といって反論するんだろう。
クジラの神聖視と、それに根ざしたクジラ食批判のムーブメントとは、ことほどさようにバカバカしいものです。

菜食主義者になって、あらゆる肉食を排撃するというのなら、まだしも志は買いましょう。それさえも、僕はアフリカのサバンナで見るような自然の尊厳を汚すものだと思うから、決して賛美はしないけど。ただ、上掲の記事にあるような、盲目的なクジラ食批判は、本当の文化人のよくするところではない。自我肥大に膨らみきった盲目的欧米至上主義者の妄言に過ぎない、と思う。
クジラ食の文化を守るため、という直接の目的ももとよりですが、それと同時に、一部欧米人の自文化偏重主義へのアンチテーゼとして、このファストフードの件は決して頭ごなしに非難されるべきものではない、と信じます。
参照ページ/トラックバック送信先一覧
スーパー・ホエール - 環境保護運動における作り話とシンボルの利用
「くじらバーガー」をつくった、ラッキーピエロってどんな店?(ある編集者の気になるノート)
竜田揚げ(世間知らず)
鯨は見るもんじゃない! 食べるものなんだ!(えびすうた)
WWFが調査捕鯨を批判(それでも地球は回る)
くじらバーガーの陰にジンギスカンバーガーあり(掬ってみれば無数の刹那)
日本とイルカの現状(Soup's On)
日本が調査捕鯨拡大(=社説は語る=)
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