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Fri.

土井たか子の落選に思う

僕が唯一、敬意を払っている女性政治家の引退がどうやら近づいている。
「衆院選:土井たか子氏、比例で落選 進退は明言避ける」
言っちゃ悪いけど、知恵もなければ何の能もなさそうな女性政治家が雁首並べてる中で、この人だけは常に次元が違っていた。
今回の選挙は、比例名簿の扱いといい、本人自らが事実上の茨の花道として準備したかのような観があったようで、どうやらこの結果も覚悟の上。最後の最後に国会に残した置き土産が、不祥事による失脚から復帰したプチ女性政治家Tに過ぎなかったってことはとても悲痛なことだけど、ほかに誰もいないほど人材不足の社民党じゃどうしようもない。

あの人のターニングポイントはやっぱり、衆議院議長を引き受けてしまった(引き受けざるを得なかった)、というあの時期だろうな。
あの当時の勢いのまま、社会党を梃子に国政を動かすなら、中立を要求される衆議院議長になんてなってる場合じゃなかった。ただあのときの情勢を細かくは憶えてないけど、あれはあれで不可抗力に近かったような記憶がある。
今の民主党の菅直人と同様、当時の土井さんもまた、ほとんど独力で育てた社会党という動員兵力の主導権を、理不尽にも無能な副官たちに握られざるを得ない状況に立たされていた。その長期的な結果として、社会党は頭の悪い後継者たちの手で方針を見失い(村山元首相はそこには入らないと思うが)、さしたる意味もなく改名し、独自のカラーを失い、凋落していった。
その末路が、現在の知る人ぞ知る零細政党・社民党の姿だ。

2つめのターニングポイントは、そのダメ社会党が凋落しつつあったころ、いっとき自民党が政権を失った時期があった。
日本新党、細川内閣、だったかな。
あのとき、土井さんはなんらかの政治的取引をすることにより(たとえば、子飼いの社会党員数名を連れて日本新党に寝返り、その代わり社会党本来の主張の一部を日本新党に取り入れさせる。批判的な論調に対しては、取り入れてもらった主張の重要性を声を大にして訴える。有力なポストも用意してもらう)、恐らく社会党外に地位を築くことができたんじゃないかと思う。あくまでも憶測というか、当時の少年だった僕の拙い観察に基づいて述べてるだけだけど。そうすればいいのに、そうしてほしい、とニュースを見ながらずいぶん思っていた記憶がある。
ただ、あの人は信念の人であって、そういう小器用な真似はどうやらできなかった、ように僕には思える。

その後、もはやすべての時期は過ぎ去り、修復不能なまでに腐れ果てた社民党の党首にというふざけた打診(まったくふざけている。土井さんの作った社会党を乗っ取り、事実上壊した馬鹿たちが、修復不可能になった残骸を持って泣きついたという格好なんだから。それもこれも、僕に言わせれば、ということだけど)を受けたときも、悩んだ末に唯々として従い、しかもそこで死力の限りを尽くした。
でも不可抗力で選挙は惨敗し、やがてその惨敗と、不肖の後継者候補Tの不祥事の「責任を取って」党首の座も退き、そして今日の状況を迎えることになった。
護憲のシンボル、と贈り名しているリンク先の新聞記事は、かなり正しい、と僕は思う。
そして護憲ということには、実は依然として絶大な意味がある──少なくとも、現行憲法をよく知りもせずに「改憲だ」と口走れるほどの粗末な政治感覚の持ち主には反論する資格を見出し得ないほどの。なんせ改憲論支持派の国民の圧倒的多数は、改憲した場合にどんな憲法ができることになるのか、明確なビジョンなど何一つ持ってはいないのだから。

彼女の主張は決して、時代遅れの旧物ではない。
彼女の時代そのものが、去っていってしまっただけだ。
使いものになる後継者もなく、女性政治家の有能さを明かし立てるに足る対抗馬も誰一人現れないままに。
そのことがただ、痛々しく思えてならない。
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03:47 | 時事・社会 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
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