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Mon.

「かわいい」だけでは伝わらないこと

きのう映画「ねじ式」を見た余勢を駆って、とある社交サイトの「つぐみ」さん(「ねじ式」に出演していた女優。映画「贅沢な骨」とドラマ「スカイハイ」でも見た)のコミュニティに参加だけしてみようかと思ったけどやめた。
なんだか、そこの掲示板には5行に1回くらい「かわいい」って単語が出てきてて、ちょっと雰囲気違うなあ、と思ってしまったから。
かわいいのは結構だけど、せっかく何か書きたいと思ったんなら、なんでほかの言葉も使おうとしないんだろう。
「かわいい」とか「きれい」だけなら、代用はいくらでもいるはずで、それだけのこと。
本当に好きなら、なんで代用の効かないよさを語ろうとしないんだろう。
僕なんぞは、特別熱烈なファンってわけでもないからいいんですよ。
でもなんだか、熱心に書き込みしてるファンほど、かわいい綺麗カッコいい、の3点セットしか離れられなくなってる気がして。
見ていて物足りなくなってきてしまった。

僕は普段テレビを見ていても、冴えてると思う人がいればなるべくマメに名前をチェックしておくことにしてる。
「つぐみ」さんのこともそうして知った。
バラエティ番組だろうとただのCMだろうと、いまどき検索すれば一発だし。
そういう人が将来なにかの形で出てきたら面白いし、たとえ出てこなくても、どこかで見かけて「ああそういえば、そういう人いたなあ」と思い出したいから。
ちょっとヘンかな。(汗
けど、そういう彼ら彼女らにしても、ファンに恵まれてるかどうかは本当に人それぞれなんだろうなと。
キツい言い方かもしれないけど、そう思ってしまった。

僕がこよなく敬愛するシンガーソングライターの川本真琴という人も、たぶん人気がピークだった頃というのは必ずしもファンに恵まれてばかりもいなかったと思う。
素晴らしいファンも多かったはずだけど、「かわいい」というだけの人も多かった。
ただ最近は、独立自営(?)で音楽活動しながら、かつてよりずっと少数のファンに支えられてる状態みたいだけど、ファンの質とい、のは多分ずっと高くなってると思う。
「かわいい」に終始していた人たちが離れていって、少数が残って。
さらに少数の、彼女のよさを発見した若いファンもついてきて。
そういう生き残りのファンたちの多くは、自分なりの言葉で川本真琴のよさを語ることを知っている。
そのことは、川本さんにとってとても幸せなことなのじゃないかと思う。
もしくは1ファンとして、そうであってほしいと願っている。というか。

もちろん本人たちが、そういう毀誉褒貶をどんなふうに見ているか、そもそもそんなことを気にかけるような人たちなのかどうかは、こっちにはわかりようもないことだけど。
やっぱり、ファンに恵まれてる人は幸せなんだと思いたい。
そして、僕がわざわざ調べて名前を記憶してるような人たちも、ファンに恵まれてることをつい、祈ってしまうし期待してしまう。
「つぐみ」さんにも、間違いなくすごい魅力があると思うからこそ、僕は不満を覚えてしまったわけだし。
もっとちゃんとよさを表現しましょうよ、ファンの人たち。
つぐみさんに悪いよ。と。
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