--.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

K1ワールドグランプリを見る

K1ワールドグランプリを見た。
日本代表の武蔵は決勝でディフェンディング・チャンピオンのレミー・ボンヤスキーに再延長判定で敗れて、2年連続の準優勝。
結果だけ見れば、悪くはない。
さらにスタミナも尽き果てた延長・再延長での力闘ぶりをも加味すれば、むしろ万雷の拍手で賞賛してあげたいような結果に見えなくもない。
だけどそれでも、個人的には大きな不満も残す武蔵の戦いぶりだった。

第2ラウンドの終了間際、ボンヤスキーは初戦のホースト戦で受けた脚のダメージから、武蔵のローキックをやや極端に嫌がった。
武蔵もそこを付け目と踏み込んで、ローキックを連打して、ダウンにはならなかったがダウン気味のスリップでボンヤスキーに膝をつかせた。
ボンヤスキーはすぐに立ち上がったものの、苦痛に顔をゆがめて、脚を引きずるようなそぶりさえ見せた。
この時点で、ラウンドの残り時間は約20秒。
僕だけでなく会場の観客も、この20秒で決めろ、と固唾を呑んだはずだ。
ところが、武蔵はそこで踏み込まなかった。
ボンヤスキーの巧みな牽制の前に、踏み込もうにも踏み込めなかったのかといえばそういう感じでもない。
なぜかといえば、武蔵はラウンド終了後、足を引きずりながら引き上げていくボンヤスキーを尻目に観客に向かってニヤけて見せ、もう勝利はもらった、といわんばかりに拳を突き上げてアピールして見せたからだ。
相手の弱みを見ながら踏み込めずに、決めるべきところを逃した直後に、だ。

それを見て僕は一瞬、息を忘れるほどの怒りに駆られた。
この男は結局、勝負師になりきれない。
自分の中にある惰弱漢的な要素を、数え切れないほどの挫折を味わいながらも克服しきれない奴だ、と思った。
それでもまだチャンスはあるかとも思ったものの、第3ラウンドになると王者・ボンヤスキーは脚を引きずりながらも果敢に応戦し、たびたび先手を取り、武蔵の方にもスタミナの限界が来て、第2ラウンドほどのチャンスを掴むには至らなかった。
そして延長の第4ラウンドは、ラウンド前半にボンヤスキーが捨て身の連続攻撃で主導権を握り、さらに第5ラウンドになると、武蔵のスタミナ切れが顕著になって、ついにはボンヤスキーに立て続けに有効打を許し、当然のように判定負けという結末になった。
放送席は、歴史に残る名勝負だとかなんだとか美辞麗句を並べ立てていたけど、僕にいわせれば、延長の2ラウンドの白熱ぶりをもってこの試合が名勝負だったというにはあたらない。

勝負は、もっとずっと早い段階でついていた。
それは、第2ラウンドでボンヤスキーの弱り目に付け込みきれず、大魚を逸した格好の武蔵が、コーナーに引き上げながら観客席に向かってニヤケ面で拳を振りかざした瞬間だ。
詰めが甘い。攻め切れない。
長年言われ続けた武蔵の精神的惰弱さが、あのバカ正直なニヤケ面に集約されている。
1分のインターバルがあれば、相手がどう立ち直るか、もしくは戦術をどう切り替えてくるかもわからない。
それだというのに、ボンヤスキーの動揺を攻め切れなかった痛恨の表情の代わりに武蔵が見せた、あのニヤケ面ときたら。
虫唾が走って、それ以降の武蔵の粘り強い戦いぶりには、僕は気持ちよくついていくことはできなかった。
あらずもがなの延長、再延長。
そんなラウンドの存在自体が、武蔵の甘さを証立ててるとしか僕には思えなかったから。

武蔵は確かに強くなった。
あんなのは全部、K1プロデューサーにして格闘技オンチの谷川氏の演出の産物だ、という人もいるけど、僕はそうは思わない。
初戦のレイ・セフォー戦も、判定自体は微妙だったものの、あのセフォー相手にまったく互角に戦う姿は、紛れもなく世界の一流選手のそれだった。
でもそれでも、そこまでやってなお、生来の甘さは抜け切れないのか。
惰弱漢はついに惰弱漢でしかないのか。
あの20秒間の大チャンス、またはその直後、観客席にニヤケ面をさらしたあの瞬間、あるいはまた、その後の第3ラウンドの立ち上がりの1分を、痛恨の思いで振り返って、自分の甘さに気づき、取るところで取る、さもなければやられるのだという精神性にまで行き着くことは無理なのか。
ほとんどすべての一流の格闘家が、そういう精神性があってこそ、ギリギリの勝負を勝ち抜いて最高の舞台に立っている。
そんな中にただ1人、武蔵だけが混じっている。

あの決勝は、スタミナや執念の勝負にしてはいけない決勝だった。
ボンヤスキーが脚を引きずった、その瞬間に、まだスタミナのあった武蔵が仕掛けてローキックを乱れ打ち、血も涙もなく勝利をもぎ取らなければいけない戦いだった。
あんなクソみたいな試合をして負けて、それでも去年の準優勝よりは差は縮まったなどと無邪気に喜んでいる日本代表が悲しい。
勝負に徹することができないニセモノの勝負師のままなら、僕は興味がない。
同じ日本人選手でも、中量級の魔裟斗、山本KID、武田幸三らには紛れもなくそれか、それに近いものが高いレベルで備わっている。
なぜ彼だけが、10年もかけてあの高みにまで漕ぎ着けながら、画竜点睛を欠いたまま、己の欠陥にいつまでも気づけずにいるのか。
彼の存在が、僕には不思議で仕方ない。
スポンサーサイト
01:00 | スポーツ | comment (-) | trackback (-) | page top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。