--.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

血液型番組の性格決め付け問題

今日の新聞より、「血液型番組:『性格決めつけ』視聴者から抗議相次ぐ」
最近流行の血液型による性格差を扱うTV番組が、いじめの原因になるなどして問題化している、という内容です。
血液型による性格差なんてものは、統計上はほんのわずかな根拠しかないのに、テレビ番組が決め付けるものだから。と。
これは一見、もっともな意見のようにも見えます。
でも血液型を扱う番組は、僕も何度か見かけてるけど、笑って見てる分にはけっこう面白いことが多いんですよね。
ほんのちょっとの科学的要素も、心地よいスパイスになって効いてるし。

個人的には、血液型による性格差というのは経験上、統計上のデータよりも多少ははっきりと実在しているものなんじゃないかと思っています。
それを多少膨らませて、エンターテイメントにして騒ごう、っていうのは大して悪い趣向じゃないと思う。
確かに最近のテレビは、たまに悪乗りが過ぎると思うこともあるけど、この問題の本質はそもそもテレビの側にはないんじゃないかと。
むしろ、それをバカ正直に真に受けて、ちっぽけなレッテルを鵜呑みにして、いじめに走ってしまう子供たちをはじめ視聴者側の問題じゃないのか。
そしてもちろん、そういう卑小な精神を子供たちに身に付けさせてしまった親たちの問題、という面の方が大きいんじゃないかと。
そう思いました。


血液型による性格差の扱いは、いくら大げさといったって、「B型は気まぐれで飽きっぽい」とか「AB型は二面性があって、ときに二重人格のよう」って程度のものです。
それは、血液型って部分を抜きにして考えれば、個人個人に当然あるはずの個性の範囲、じゃないのか。
しかも、むしろ魅力的な個性です。僕にいわせれば。
平々凡々たるA型ど真ん中そのまんま、なんて性格の悲惨なまでの没個性ぶりに比べれば、いかにそうした性格がピカソやカフカや手塚治虫のような天才性の香りに満ちていることか。
まあ、彼らの血液型を僕は知ってるわけじゃありませんけど。

僕はB型で、B型を誇っています。
同時に、B型の属性とされている「気まぐれ」「飽きっぽい」といった要素をも誇っているし、それらを敬遠する人たちを、腹の中じゃバカにして、相手にもしてません。
人間の面白さがわからないやつらめ、ってことでね。
B型に限らず、AB型やO型の個性も、当然のように僕は「面白さ」だと思っている。
そのへんの人間観に少しでもゆとりがあるのなら、「B型はこれこれ」「AB型は~」と聞いていじめに走る、なんてバカなことは起きるはずもないわけです。


問題は血液型うんぬんじゃなく、もっと根本にある。
本当に問題なのは、「気まぐれ」「飽きっぽい」「落ち着きがない」「八方美人」「二重人格」などなどといった性格を、悪として疎外しようとする価値観そのもの、じゃないでしょうか。
そして、そんな価値観が子供にまでも当然のように広がっているという事実。
または、今回の件を安易に「血液型=性格」論に帰してしまって、額に青筋立てて怒ってる「被害児童の保護者」たちだって、「うちの子はB型だが、人より飽きっぽいなんてことはない、だからいじめられるいわれはない」なんて正気で考えているのだとすれば、実に下らない。
苦笑ひとつして笑い飛ばすだけの余裕と、内心のプライドや反骨心、さえあれば、そんなことが大きな問題になるはずはないのです。
そんな番組、笑って見られない方がどうかしてる。

もちろん、そうやって笑って見ていながらも、現実として被害者になってしまっていて、それで困惑している子供や保護者だっているだろうとは思います。
ただ彼らは、困惑しつつも今回の騒動の主導者にはなっていないだろうと僕は思う。
批判されるべきは、いじめに走る低劣な子供たちとその保護者たちであって、テレビ番組じゃないとわかっているから。
番組がきっかけになったからといって、恨みつらみをぜんぶテレビ局に持ち込もうなんてのはお門違いってものでしょう。
問題の本質はぜんぜん別のところにあって、しかも僕の見るところ、はるかに根深い。
そこに目をつぶって、万事テレビ番組のせいにして、義憤に駆られてる一部視聴者の姿が、ひどく滑稽に見えるのです。
スポンサーサイト
02:35 | 時事・社会 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。