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Sun.

母、還暦

母の誕生日が来る。
正確にいえば今日じゃなくて、・・・明日、だったかな?(汗
年齢をはっきり認識しないまま「おめでとう」と言ったら、「そんなにめでたくもないんだけどね」とやや疲れの見える顔で言われてしまった。
「60歳だよ・・・信じられないようだよ」と。
僕は一瞬、過ごしてきた日々の長さと重さとに言葉を失って、でもすぐに「いいじゃん。おめでとうはおめでとうで」というような、自分でもよく意味のわからないことを言った。
母もそのへんの機微は僕に言われるまでもなくよくわかっている人だから、それ以上は特に何ということもなかった。

僕は十代の後半から22,3歳ごろまで、誕生日というものが苦痛で苦痛で仕方なかった。
ずっと持病に悩まされて、毎日いつ治るかいつ治るかと思いながら「前向き」を維持しつづける、地獄のような日々の一里塚。
という、まあおよそそんな意味でしか誕生日というものを捉えることができないでいた。
ただ、そういう思いはここ数年で断ち切ったつもりでいるので。
めでたくない、なんていうのはたわ言だ、と思うようになって、そのときそのときの現状を素直に受け入れられるように変わろうとして。
そんな話を母に対してもしてしまうところが僕のどうしようもないところだけど。(汗
それでもなんとなく、互いに共通理解みたいなものを確認しあうことはできたような気がした。

もちろん、若くて持病に苦しんだ僕の苦痛と、自立できない子供や愚かな夫を抱えたまま老境を迎えようとしている母の苦痛とでは種類が違う。
だけど、前へ前へと生きていかなきゃならないのなら、その過程を肯定していかなければ、という思いにだけは変わりはないはずだから。
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