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Wed.

「北斗の人」に読む現代

きのう急激に読み進んだ司馬遼太郎“北斗の人”を昼過ぎに読み終えた。
じゅうぶん面白かったけど、幕末ものほどのインパクトはなかった。
それがどういうことなのか考えてみるに、主人公の千葉周作の魅力が乏しいわけでは決してない。
理由はむしろ、太平の世が続いていた江戸時代後期という時代背景だろう。
周作は剣客として「自分で自分の人生をコントロール」しようとして、それを少しずつ実現していくわけだけど、その間、外界から投げかけられる刺激が明治維新期に比べてあまりにも乏しすぎるのだ。

たとえば周作が上州に行けば、その地の剣豪たちと剣技を争う。
という具合で、おのずと展開も読めてきてしまう。
人間一人の人生観をさえ揺さぶるような、そして人生そのものをさえ根底から変えてしまうような、天変地異的な変化とは無縁だから。
その点が、乱世だった明治維新期とは根本的に違う。
いいたくないことだけど、時代が面白くない。
煮え詰まった中で、野心を持った周作一人だけが動いている。
その状況が、決定的にもの足りない。

僕自身も、幸か不幸か停滞を極めるバブル崩壊後を生きているわけだけど。
やっぱり。つまらないんだろうなあと思う。
世間というものはすっかり出来上がって、あらかじめ器として目の前にある。
社会としてのシステムはほぼ完璧に(この状況が続く限りは)機能して、そこには微塵の隙間もない。
息が詰まるほど窮屈に完成された「社会」があって、それにこちらから影響を投げかけていくことが難しい。
社会は確固たる「環境」としてあらかじめ存在していて、僕は「その中で」居場所を探っていくことしか許されていない。

千葉周作は、もちろん不幸ではなかった。
奇跡的なまでの剣技をもって当時の剣壇を支配して、史上空前の大流「北辰一刀流」の開祖にまでなったわけだから。
その人生は小説としてはつまらなくても、それはそれで満足なものだっただろうと思う。
でも果たして、僕はどうかな。
人間の才能っていうのはわからないもので、僕は決して自分を低くは評価していないし、潜在的な才能にもまだまだ期待している。
でも、この停滞した社会の中で、生きているうちに一体何ができるんだろう。と。
それを思うと、ちょっと呆然としてしまう部分もないではなかった。
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