--.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

批評という行為

僕は小説やら音楽やらの批評じみたことをよくやっているけど、その実、批評なんてことには実は毛頭興味はない。
僕が絶えずやっているのは厳密にいえば批評じゃなく、僕にとってその作品が有用か無用か、という取捨選択の話でしかない。
その作品の持つ客観的意味、なんてものには僕にとって何の意味もない。
あたりまえといえばあたりまえだけど、でもそういうことなのだ。
ノーベル文学賞まで取ったとかいう南米の作家ガルシア・マルケスの「百年の孤独」をイーブックオフで買うか買うまいかと迷いながら、ネット上の批評文をいくつか読むともなく読むうちに、そんなことを思った。

みんな、バカなことばかりいう。
何を書きたがっているんだ?批評ごときで何をやった気でいるんだ?
ノーベル文学賞を取ったのはお前じゃない。
ましてやノーベル文学賞を取ったところで、アメリカ人のソール・ベローの「この日をつかめ」なんて噴飯モノの駄作だし、大江健三郎のピークは僕にいわせれば受賞に先立つこと数十年前の「遅れてきた青年」だ。
ガルシア・マルケスが正真正銘の天才作家か、ぐうぜん脚光を浴びた南米の馬の骨か、僕は知らない。
コバンザメ狙いのゴシップ記事ならゴシップ記事らしく、もっとチンドン屋みたいに自分を捨てて盛り上げれば?
僕が知りたいのは、そんな月並みな作家論じゃない。

他人の智におもねることで自分の智を気取るなよ。錯覚してるんじゃないよ。
本当に賢いのは、おまえさんたちじゃない。
スポンサーサイト
14:11 | 人生観 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。